きみの青春に、私もいたい。
月曜日の朝。
「澄花、おはよ!」
教室に入るなり、莉子が駆け寄ってきた。
「昨日の野球部の写真、見た!?」
「……写真?」
「学校の掲示板に貼ってあったの! 瀬名先輩、めっちゃかっこよかった!」
……そうなんだ。
私は何気ないふりをして鞄を置いた。
「澄花も昨日見たんでしょ? どうだった?」
「……すごかったよ」
「えっ、何その感想!」
「だって、本当にすごかったし」
莉子はしばらく私を見つめたあと、にやりと笑った。
「……なんか、前より素直じゃん」
「……そう?」
「うん。前なら『普通だった』って言いそう」
……確かに。
少し前の私なら、そう答えていたかもしれない。
*
昼休み。
放送室へ向かう途中、廊下の掲示板に人だかりができていた。
「瀬名先輩、昨日ホームラン打ったんだって!」
「大学からも声かかってるらしいよ」
「えー、すご!」
……大学?
私は足を止めた。
掲示板には、昨日の試合写真。
バットを振り抜く瀬名先輩が、大きく写っている。
その隣に、進路指導の先生と話している写真もあった。
……先輩、卒業したらどうするんだろう。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
「……小鳥遊さん?」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、見知らぬ女子生徒が立っていた。
長い黒髪を、低い位置でひとつに結んでいる。
胸元には、三年生の学年章。
「放送委員の子だよね?」
「……はい」
「私、篠宮琴葉。三年生なの」
先輩は柔らかく微笑んだ。
「昨日、球場でアナウンスしてくれたんでしょう?」
「……はい」
「ありがとう。野球部の子たち、助かったって言ってたよ」
「いえ、そんな……」
「晴臣も、すごく喜んでた」
……晴臣。
名前で呼ぶんだ。
「……瀬名先輩と、お知り合いなんですか?」
「うん。中学から一緒なの」
篠宮先輩は、掲示板の写真を見上げた。
「昔から、野球ばっかり」
そう言って笑う。
けれど、その横顔は少しだけ寂しそうだった。
「……あの」
私が声をかけると、先輩は振り返った。
「ん?」
「瀬名先輩って、大学でも野球するんですか?」
ほんの一瞬。
篠宮先輩の表情が変わった。
「……どうだろうね」
「……え?」
「それは、晴臣に聞いてあげて」
先輩は微笑んだ。
「きっと、小鳥遊さんになら話してくれるよ」
……どういう意味だろう。
聞き返す前に、昼休みの予鈴が鳴った。
「じゃあ、またね」
篠宮先輩は軽く手を振り、廊下を歩いていった。
*
放課後。
図書室で借りた本を抱え、階段を下りていると。
「小鳥遊さん!」
踊り場に、瀬名先輩がいた。
「……こんにちは」
「おっ、今日も図書室?」
「はい」
「ほんと本好きだね!」
先輩は笑いながら、私の持っている本を覗き込んだ。
「何読んでるの?」
「……青春小説です」
「へえ! 恋愛のやつ?」
「……まあ、少し」
「いいなー。俺も読んでみようかな」
「先輩、本読むんですか?」
「……たまに!」
「最後に読んだのは?」
「…………中学?」
「……たまに、の範囲が広いですね」
「あはは!」
いつもの笑顔。
けれど私は、昼休みの話が気になっていた。
「……先輩」
「ん?」
「卒業したら、どうするんですか?」
先輩の笑顔が、ほんの少し止まった。
「……卒業?」
「大学とか、野球とか」
「……あー」
先輩は窓の外へ視線を向けた。
グラウンドでは、野球部が準備を始めている。
「まだ、ちゃんとは決めてないんだ」
「……そうなんですか」
「うん」
少しの沈黙。
それから先輩は、いつものように笑った。
「ま、今は夏の大会があるし!」
……まただ。
何かを隠すように、笑う。
でも。
今の私には、それ以上踏み込む理由がなかった。
「……そうですね」
そう答えると、先輩は少しだけ安心したように見えた。
「じゃ、練習行ってくる!」
「……はい」
走り出した先輩の背中を見送る。
知らないことが、まだたくさんある。
それは当たり前のはずなのに。
なぜか今日は、少しだけ寂しかった。
*
その日の夜。
机に向かっていると、スマートフォンが震えた。
瀬名先輩からだった。
『今日、変な感じになってごめん!』
私は画面を見つめた。
……気にしてたんだ。
『全然大丈夫ですよ』
送信すると、すぐに返事が来た。
『ありがと!』
続けて、もう一通。
『今度、ちゃんと話すね』
……ちゃんと、話す。
私はしばらく、その文字を眺めていた。
そして、ゆっくり返信した。
『はい。待ってます』
送信したあと、スマートフォンを伏せる。
……待ってます、か。
自分で書いた言葉なのに。
なんだか、少しだけ恥ずかしかった。
「澄花、おはよ!」
教室に入るなり、莉子が駆け寄ってきた。
「昨日の野球部の写真、見た!?」
「……写真?」
「学校の掲示板に貼ってあったの! 瀬名先輩、めっちゃかっこよかった!」
……そうなんだ。
私は何気ないふりをして鞄を置いた。
「澄花も昨日見たんでしょ? どうだった?」
「……すごかったよ」
「えっ、何その感想!」
「だって、本当にすごかったし」
莉子はしばらく私を見つめたあと、にやりと笑った。
「……なんか、前より素直じゃん」
「……そう?」
「うん。前なら『普通だった』って言いそう」
……確かに。
少し前の私なら、そう答えていたかもしれない。
*
昼休み。
放送室へ向かう途中、廊下の掲示板に人だかりができていた。
「瀬名先輩、昨日ホームラン打ったんだって!」
「大学からも声かかってるらしいよ」
「えー、すご!」
……大学?
私は足を止めた。
掲示板には、昨日の試合写真。
バットを振り抜く瀬名先輩が、大きく写っている。
その隣に、進路指導の先生と話している写真もあった。
……先輩、卒業したらどうするんだろう。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
「……小鳥遊さん?」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、見知らぬ女子生徒が立っていた。
長い黒髪を、低い位置でひとつに結んでいる。
胸元には、三年生の学年章。
「放送委員の子だよね?」
「……はい」
「私、篠宮琴葉。三年生なの」
先輩は柔らかく微笑んだ。
「昨日、球場でアナウンスしてくれたんでしょう?」
「……はい」
「ありがとう。野球部の子たち、助かったって言ってたよ」
「いえ、そんな……」
「晴臣も、すごく喜んでた」
……晴臣。
名前で呼ぶんだ。
「……瀬名先輩と、お知り合いなんですか?」
「うん。中学から一緒なの」
篠宮先輩は、掲示板の写真を見上げた。
「昔から、野球ばっかり」
そう言って笑う。
けれど、その横顔は少しだけ寂しそうだった。
「……あの」
私が声をかけると、先輩は振り返った。
「ん?」
「瀬名先輩って、大学でも野球するんですか?」
ほんの一瞬。
篠宮先輩の表情が変わった。
「……どうだろうね」
「……え?」
「それは、晴臣に聞いてあげて」
先輩は微笑んだ。
「きっと、小鳥遊さんになら話してくれるよ」
……どういう意味だろう。
聞き返す前に、昼休みの予鈴が鳴った。
「じゃあ、またね」
篠宮先輩は軽く手を振り、廊下を歩いていった。
*
放課後。
図書室で借りた本を抱え、階段を下りていると。
「小鳥遊さん!」
踊り場に、瀬名先輩がいた。
「……こんにちは」
「おっ、今日も図書室?」
「はい」
「ほんと本好きだね!」
先輩は笑いながら、私の持っている本を覗き込んだ。
「何読んでるの?」
「……青春小説です」
「へえ! 恋愛のやつ?」
「……まあ、少し」
「いいなー。俺も読んでみようかな」
「先輩、本読むんですか?」
「……たまに!」
「最後に読んだのは?」
「…………中学?」
「……たまに、の範囲が広いですね」
「あはは!」
いつもの笑顔。
けれど私は、昼休みの話が気になっていた。
「……先輩」
「ん?」
「卒業したら、どうするんですか?」
先輩の笑顔が、ほんの少し止まった。
「……卒業?」
「大学とか、野球とか」
「……あー」
先輩は窓の外へ視線を向けた。
グラウンドでは、野球部が準備を始めている。
「まだ、ちゃんとは決めてないんだ」
「……そうなんですか」
「うん」
少しの沈黙。
それから先輩は、いつものように笑った。
「ま、今は夏の大会があるし!」
……まただ。
何かを隠すように、笑う。
でも。
今の私には、それ以上踏み込む理由がなかった。
「……そうですね」
そう答えると、先輩は少しだけ安心したように見えた。
「じゃ、練習行ってくる!」
「……はい」
走り出した先輩の背中を見送る。
知らないことが、まだたくさんある。
それは当たり前のはずなのに。
なぜか今日は、少しだけ寂しかった。
*
その日の夜。
机に向かっていると、スマートフォンが震えた。
瀬名先輩からだった。
『今日、変な感じになってごめん!』
私は画面を見つめた。
……気にしてたんだ。
『全然大丈夫ですよ』
送信すると、すぐに返事が来た。
『ありがと!』
続けて、もう一通。
『今度、ちゃんと話すね』
……ちゃんと、話す。
私はしばらく、その文字を眺めていた。
そして、ゆっくり返信した。
『はい。待ってます』
送信したあと、スマートフォンを伏せる。
……待ってます、か。
自分で書いた言葉なのに。
なんだか、少しだけ恥ずかしかった。