元カレ副社長は、初恋を拗らせていた
プロローグ
「本日付で副社長に就任いたしました、神谷琥二郎(かみやこじろう)です」
壇上に立った彼の姿に、会場の空気がわずかに揺れた。その端正な顔立ちに浮かぶ爽やかな笑みは、否応なしに人々の視線を惹きつける。
私、小林風花(こばやしふうか)もある意味、その中の一人だった。
先ほど、東京本社と各拠点をオンラインでつないだ全社方針説明会が終わった。
ダークグレーのスリーピースを隙なく着こなした彼は、長い脚で迷いなく進んでいく。
私は、秘書として彼のあとを追った。
副社長室へ戻ると、ドアを閉めたところで、彼が振り返った。
「久しぶりだね、風花」
「……お久しぶりです」
「風花が俺の秘書で、嬉しいよ」
彼は、爽やかな笑みを浮かべたままそう言った。
俳優と見まがうほど整った顔立ち。すっと通った鼻筋に、涼しげな目元。あの笑顔を向けられたら、普通なら舞い上がってしまうのかもしれない。
「失礼ですが、副社長。下の名前で呼ぶのはおやめください。小林、とお呼びください」
けれど、私にとっては舞い上がるどころか、ひどく不快だった。
彼が就任挨拶で登壇した瞬間に、絶望した。
今すぐ秘書を辞退したい。そう思うほどに。
名前を聞いたときから、少し嫌な予感はしていたんだ。
それでも、まさかあるわけないと思った。
『元カレ』が副社長になって、自分がその秘書をすることになるなんて。
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