三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。
帰宅して、買ってきたものを冷蔵庫にしまった。服の入った袋はソファの脇に置き、蓮くんへ『帰ったよ』と送る。

ほどなく着信が来た。

「もしもし」
「真帆さん?」

聞き慣れた声に、胸のあたりが少し緩んだ。こんなときでも、声を聞くと嬉しいのか。

私はソファに腰を下ろした。

「さっきの人、前から食事とかに誘ってくれる人なんだ」
「ああ……そっか」

もっと年の離れた女性と会うものだと、何となく思っていた。あんなに若くて可愛い人もいるのか。

あの人も、今日のために服を選んだのかもしれない。耳元へ顔を寄せてもらって、嬉しかったのだろう。

私だって、映画館で小声で話しかけられただけで、しばらく落ち着かなかった。

「真帆さん?」
「うん。聞いてる」
「真帆さんとは違うから」

そう言ってくれる声は優しかった。でも、何が違うのか聞いたら、困らせてしまいそうだった。
食事だけでいいと伝えたのは、私だ。近づいてきた彼に、そういうことはしなくていいと言ったこともある。

「……映画、誘ってくれて嬉しかったの」

少し間を置いて、返事があった。

「俺も、一緒に行きたかったよ」
「私に会いたくて誘ってくれたのかなって、思ってたから」
「そうだよ」

あの人にだって、会うのを楽しみにしていたと言うのかもしれない。
そんなことを考えた自分が嫌だった。彼女ではないと教えてくれたのに、それだけでは足りなくなっている。

「次の映画、少し待ってもらってもいい?」

向こうが静かになった。

「まだチケット、取ってないから」
「……会いたくなくなった?」
「そうじゃない」

それだけは、すぐに答えられた。
会えば、きっと嬉しくなる。いつものように顔を眺めて、笑ってしまうと思う。

「ちょっと、考えたいだけ」

蓮くんはしばらく黙っていた。待っている間に、窓の外を車が通り過ぎた。

「わかった」

やがて、声が返ってきた。

「でも、俺が会いたくて誘ったのは、ちゃんと覚えてて」

頷いてから、電話では見えないことに気づいた。

「……うん」

通話が終わっても、しばらくソファから動けなかった。

画面には、映画を選んだときのやり取りが残っている。

『ありがとう。楽しみ』

私はそこを読み返し、スマホを伏せた。
服をハンガーにかけようと、買い物袋へ手を伸ばす。店で鏡に当てたときには、色が気に入ったのだと思っていた。

違った。

これ、蓮くんと映画に行く日に着ようと思っていたんだ。
< 64 / 90 >

この作品をシェア

pagetop