三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。
真帆さんの家は、駅から十分ほど歩いたところだった。
途中、スーパーの前で彼女の足が緩む。

「買い物ある?」
「今日は大丈夫。つい、いつもの癖で」

店先の野菜を見てから、こちらへ向き直って笑った。

こういう道を、毎日歩いているのか。待ち合わせ場所に来て、駅で別れるところまでしか知らなかった人が、隣でスーパーの品物を気にしている。次に会うときはここを通るんだろうと思いながら、彼女と歩いた。

「ここ」

通りから少し入ったマンションの前で、真帆さんが足を止めた。

「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」

それでも手はつないだままだった。彼女も離さずにいて、何となく二人とも黙る。

「明日の説明会、頑張ってね」
「うん」

ありがとう、と答えると、また静かになった。帰る理由を二人で確認しているみたいだった。

「真帆さん」

顔が上がる。

「キスしたいんだけど」

目が丸くなった。
その顔に笑いそうになったけれど、彼女が入口へ目をやったので、少し待った。

「……ここで?」
「嫌なら、しない」

つないだ指に、力がこもった。
真帆さんが首を振る。顔を近づけると、こちらを見ていた目が閉じた。

待ってくれている。

そうわかった途端、さっきまで普通に話していたのが嘘みたいに、胸の奥が苦しくなった。

唇に触れ、離れる。
真帆さんはゆっくり目を開けた。まだ近くにいる俺を見て、困ったように眉を寄せる。

「……何」
「いや」

可愛いと思った、と言ったら、ますます顔を上げてくれなくなりそうだった。
握っていた手を少し揺らす。

「またね」
「うん。またね」

ようやく指をほどくと、彼女はバッグから鍵を出した。入口へ向かうのを見ていたら、扉を開ける前に振り返る。
目が合って、恥ずかしそうに笑った。
俺も手を上げた。


電車に乗ってようやく、真帆さんが好きだと言ってくれたときの顔を、ゆっくり思い出せた。

あのときは返事を聞くのに精いっぱいだった。嬉しいと言えば俯いてしまうし、もっと見たくても、こちらを見るようには頼めなかった。

膝に置いた自分の手へ目を落とす。ついさっきまで、彼女の指が絡んでいた。

次に会ったら、またつなごうと思った。
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