崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
戦争の終結
アルベック城の冬は、曇り空が多い。
だが城のあちこちから賑やかな声がしており、人の温もりが確かに感じられた。
焼き払われることも覚悟していた城下街は無事で、城に避難していた者たちも皆それぞれの家に戻っているし、無事だった家畜やペットと再会して喜びの涙を流す者もいた。
アルベック城は、リドベキア王国軍に占領された……ということになっている。
だが王国軍の騎士たちは総じて紳士的で、つい先ほどまで殺し合いをしていた魔術師や兵士たちにもままならぬ事情があったのだと知ると、和解してくれた。負傷者はいるものの、どちらの陣営にも死者が出なかったというのも大きな理由だろう。
「ミランダ、失礼する」
自室にいたミランダは、ドアがノックされる音と柔らかな男性の声に、びくっと身を震わせた。
その姿を見て、隣に控えていたレベッカが気遣わしげな視線を向けてくる。
「ミランダ様……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ドアを開けてちょうだい」
「……はい」
レベッカがドアを開けると、そこにはシリルと大柄な男――部隊長がいた。
シリルはなぜか小さな花束を手にしており、彼はそれをレベッカに渡してからミランダのもとに来た。
「……改めて。久しぶりだな、ミランダ」
「お久しぶりでございます、殿下。……二年前に、帝都で別れたきりですね」
「そうだな」
ミランダは立ち上がろうとしたが、シリルはそれを制してからミランダの座るソファの前に跪いた。ミランダの体調を気遣っているのかもしれないが、そんなことをされても居心地が悪いだけだ。
「殿下、どうかお立ちください。そちらにお座りになっていただければ」
「……わかった」
シリルは立ち上がり、ミランダが示した椅子に座った。
(……やっぱり殿下は、三ヶ月前のことを覚えていないのね)
戦場での挨拶のときから気づいていたが、先ほどのやりとりで確信をもったミランダはそっとお腹に触れた。
それを見たシリルの眉が動き、そして彼は躊躇いがちに唇を開いた。
「……本当に、君のお腹には子がいるのだな」
「……そうです。レベッカが診察して判明しました」
「……そうか」
やや気まずそうなレベッカを視界の端に入れつつミランダがうなずくと、シリルはもう一度「そうか」と低い声でつぶやいた。
「本当に、驚きの数々だ。アルベック城の指揮官が女魔術師であることは知っていたが、それがミランダだとは思わなかったし……しかも身重でありながら戦場に立つだなんて」
「……」
「その、ミランダ。お腹の子の父親は、このことを知っているのか?」
躊躇いがちに尋ねられたので、ミランダはレベッカの視線を感じつつ首を横に振った。
「……いいえ。あの人は……夏に別れたきりなのです」
「別れた? 君は乱暴されたのか?」
はい、あなたにされました、とは言えなくて、ミランダは苦笑をこぼした。
「いいえ。レベッカにも話したのですが、この子は私が望んだ子です。……あの人は旅人で、すぐに帝都を去ってしまいました。でも私の、あの人への愛は本物です。だから、大丈夫です」
「……そうか。それくらい、ミランダはその男のことを愛しているんだな」
シリルは苦く笑ったものの、すっと表情を厳しくした。
だが城のあちこちから賑やかな声がしており、人の温もりが確かに感じられた。
焼き払われることも覚悟していた城下街は無事で、城に避難していた者たちも皆それぞれの家に戻っているし、無事だった家畜やペットと再会して喜びの涙を流す者もいた。
アルベック城は、リドベキア王国軍に占領された……ということになっている。
だが王国軍の騎士たちは総じて紳士的で、つい先ほどまで殺し合いをしていた魔術師や兵士たちにもままならぬ事情があったのだと知ると、和解してくれた。負傷者はいるものの、どちらの陣営にも死者が出なかったというのも大きな理由だろう。
「ミランダ、失礼する」
自室にいたミランダは、ドアがノックされる音と柔らかな男性の声に、びくっと身を震わせた。
その姿を見て、隣に控えていたレベッカが気遣わしげな視線を向けてくる。
「ミランダ様……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ドアを開けてちょうだい」
「……はい」
レベッカがドアを開けると、そこにはシリルと大柄な男――部隊長がいた。
シリルはなぜか小さな花束を手にしており、彼はそれをレベッカに渡してからミランダのもとに来た。
「……改めて。久しぶりだな、ミランダ」
「お久しぶりでございます、殿下。……二年前に、帝都で別れたきりですね」
「そうだな」
ミランダは立ち上がろうとしたが、シリルはそれを制してからミランダの座るソファの前に跪いた。ミランダの体調を気遣っているのかもしれないが、そんなことをされても居心地が悪いだけだ。
「殿下、どうかお立ちください。そちらにお座りになっていただければ」
「……わかった」
シリルは立ち上がり、ミランダが示した椅子に座った。
(……やっぱり殿下は、三ヶ月前のことを覚えていないのね)
戦場での挨拶のときから気づいていたが、先ほどのやりとりで確信をもったミランダはそっとお腹に触れた。
それを見たシリルの眉が動き、そして彼は躊躇いがちに唇を開いた。
「……本当に、君のお腹には子がいるのだな」
「……そうです。レベッカが診察して判明しました」
「……そうか」
やや気まずそうなレベッカを視界の端に入れつつミランダがうなずくと、シリルはもう一度「そうか」と低い声でつぶやいた。
「本当に、驚きの数々だ。アルベック城の指揮官が女魔術師であることは知っていたが、それがミランダだとは思わなかったし……しかも身重でありながら戦場に立つだなんて」
「……」
「その、ミランダ。お腹の子の父親は、このことを知っているのか?」
躊躇いがちに尋ねられたので、ミランダはレベッカの視線を感じつつ首を横に振った。
「……いいえ。あの人は……夏に別れたきりなのです」
「別れた? 君は乱暴されたのか?」
はい、あなたにされました、とは言えなくて、ミランダは苦笑をこぼした。
「いいえ。レベッカにも話したのですが、この子は私が望んだ子です。……あの人は旅人で、すぐに帝都を去ってしまいました。でも私の、あの人への愛は本物です。だから、大丈夫です」
「……そうか。それくらい、ミランダはその男のことを愛しているんだな」
シリルは苦く笑ったものの、すっと表情を厳しくした。