クールな華道家は幼馴染に、百花繚乱の愛を告白する。
終幕
澄み渡る空。
空港のターミナル展望デッキには、気持ち良い風が吹いていた。
青空を裂くように、目の前の飛行機はぐんぐん高度を上げて進む。エンジン音と風を切る音にドキドキする。
飛行機の到着先はイギリス。
イギリスは生花に関心が強く、フラワーアレンジメントが盛んな国だ。
「兄貴やったら、月の裏側でもどこでもやっていけるわ」
隣で手すりに体を預けている馨ちゃんが、ぽそっと風に紛れるような声で囁いた。
私は風に靡く髪を押さえながら、夏織さんのことを思い出した。
夏織さんはコンクール後、突然、海外に行くと言い出した。
『馨に負けて悔しいから、立花ちゃんと馨を見ると意地悪したくなるから、ちょっと海外行ってくる。橘華道は馨がいるから問題ないし。じゃ』
そう言って、私と馨ちゃんがぽかんとした次の日には、夏織さんはイギリス行きのチケットを手配していた。
『色んな場所を見たい』と言っていた夏織さん。
なんとなく、コンクールに勝っても負けても、海外に行く準備をしていたのだろう。
そんな気がした。
顔を上げると、飛行機は高く飛び立ち、小さくなっていく。
──夏織さん。
夏織さんはきっと、私がずっと隠していた馨ちゃんへの恋心にも気が付いていたのだろう。
それをずっと見守っていてくれた気がする。
本当にありがとう。元気で。
必ずまた日本に戻って来てねと、心の中で祈る。
「コンクールが終わって、一週間後にはイギリスに行くなんて、夏織さんらしいね」
「しかも、兄貴が抱えていた仕事を僕に振りやがって。お陰で大忙し。早く、立花が独立して花屋を開いてもらわんと困るな」
私を見て、にっと笑う馨ちゃん。
そう、私はやっと自分の夢を見つけた。
それは自分の店を持つこと。
今までは、家のお店を継がなくては、なんとかしなくてはと意気込んでいたが、これまで両親が頑張ってきたことを、私一人が全て背負い込むことはないと気が付いた。
何より両親はまだまだ元気。
私に店を継げだなんて、一言も言ったことはなかった。
私だけが空回りしていたと、今回の一連の出来事で気が付いた。
「──うん。小さなお店でもいい。お客様が笑顔になるお店を作りたい。だから、ちょっと待っててね」
子供教室で出会った子供達と触れ合い、その純粋さに心を打たれた。人を喜ばせる仕事がしたいと思った。馨ちゃんの生花の、一輪の花と向き合う直向きさにも感動した。
だから、私だけのフラワーショップを作りたいと、思った。そこで、一輪の花だけでもいい。
私の手で、多くの人に渡したい。
それは理想論かもしれない。けれど、努力したい。それが私の夢だ。
「立花やったら、すぐ店開けるやろ。僕も手伝うし」
馨ちゃんは、青空に溶け込む飛行機から私へと視線を移して、微笑む。
「それは嬉しいけど、まずは私一人で頑張るよ」
「未来の嫁に協力するのは当たり前やから。未来の旦那に任せとけ。立花の夢は僕が絶対に叶えてやる。だから一緒に頑張ろ」
そんなことを言われて、手を差し出されたら、断れるわけがない。
「ありがとう。凄く励みになる。じゃあ、困ったら助けてね」
差し出された手を掴むと、ゆっくりと馨ちゃんに引き寄せられ、肩を抱かれた。
「当たり前や」
きっぱりと言い切ってくれるのが、とても心強い。
やはり馨ちゃんは眩しい人だ。
私も負けないように頑張らなくてはと微笑み、青空を見上げる。
飛行機はもう、昼間に輝く星ぐらい小さくなっていた。あとは無事にイギリスへ到着するのを祈るばかりである。
「さてと、兄貴の見送りはこれぐらいでええやろ。どうせ元気に活躍するやろうし、なにかあったら連絡ぐらい来る」
「じゃあ、行こうか」と私の肩を抱いて歩き出す馨ちゃんの横顔は、夏織さんへの信頼に満ちていた。
きっと兄弟にしか分からない絆はある。
それがコンクールを通して、もっと強いものになったんじゃないかと感じた。
「そうだね。夏織さんなら、どこでもやっていけると思う」
こくりと頷く馨ちゃん。
「そうそう、立花。今からまたプロポーズするから、ついてきてくれ」
「えっ」
今、プロポーズと言った?
それは先日、お花に囲まれて言われたけど、と目を丸くして馨ちゃんを見ると、悪戯っぽく笑った。
「前は室内やったから、次は外。渡したいものもあるし」
すっと私の指先を撫でる馨ちゃんに、渡したいものというのは、ひょっとして婚約指輪なのかと思ってしまう。
「そういうのは、サプライズでやるものだと思うんだけどっ!?」
「立花が好きやから、何度でもプロポーズしてもええやろ。それにまた、立花が驚くような花を用意したから。受け取って」
「全部言っちゃだめー! 楽しみが減っちゃう!」
「じゃあ、明日もプロポーズするか」
耳元で馨ちゃんに囁かれ、私の心はこの青空のようにどこまでもときめいて、にっこりと微笑むのだった。
完
空港のターミナル展望デッキには、気持ち良い風が吹いていた。
青空を裂くように、目の前の飛行機はぐんぐん高度を上げて進む。エンジン音と風を切る音にドキドキする。
飛行機の到着先はイギリス。
イギリスは生花に関心が強く、フラワーアレンジメントが盛んな国だ。
「兄貴やったら、月の裏側でもどこでもやっていけるわ」
隣で手すりに体を預けている馨ちゃんが、ぽそっと風に紛れるような声で囁いた。
私は風に靡く髪を押さえながら、夏織さんのことを思い出した。
夏織さんはコンクール後、突然、海外に行くと言い出した。
『馨に負けて悔しいから、立花ちゃんと馨を見ると意地悪したくなるから、ちょっと海外行ってくる。橘華道は馨がいるから問題ないし。じゃ』
そう言って、私と馨ちゃんがぽかんとした次の日には、夏織さんはイギリス行きのチケットを手配していた。
『色んな場所を見たい』と言っていた夏織さん。
なんとなく、コンクールに勝っても負けても、海外に行く準備をしていたのだろう。
そんな気がした。
顔を上げると、飛行機は高く飛び立ち、小さくなっていく。
──夏織さん。
夏織さんはきっと、私がずっと隠していた馨ちゃんへの恋心にも気が付いていたのだろう。
それをずっと見守っていてくれた気がする。
本当にありがとう。元気で。
必ずまた日本に戻って来てねと、心の中で祈る。
「コンクールが終わって、一週間後にはイギリスに行くなんて、夏織さんらしいね」
「しかも、兄貴が抱えていた仕事を僕に振りやがって。お陰で大忙し。早く、立花が独立して花屋を開いてもらわんと困るな」
私を見て、にっと笑う馨ちゃん。
そう、私はやっと自分の夢を見つけた。
それは自分の店を持つこと。
今までは、家のお店を継がなくては、なんとかしなくてはと意気込んでいたが、これまで両親が頑張ってきたことを、私一人が全て背負い込むことはないと気が付いた。
何より両親はまだまだ元気。
私に店を継げだなんて、一言も言ったことはなかった。
私だけが空回りしていたと、今回の一連の出来事で気が付いた。
「──うん。小さなお店でもいい。お客様が笑顔になるお店を作りたい。だから、ちょっと待っててね」
子供教室で出会った子供達と触れ合い、その純粋さに心を打たれた。人を喜ばせる仕事がしたいと思った。馨ちゃんの生花の、一輪の花と向き合う直向きさにも感動した。
だから、私だけのフラワーショップを作りたいと、思った。そこで、一輪の花だけでもいい。
私の手で、多くの人に渡したい。
それは理想論かもしれない。けれど、努力したい。それが私の夢だ。
「立花やったら、すぐ店開けるやろ。僕も手伝うし」
馨ちゃんは、青空に溶け込む飛行機から私へと視線を移して、微笑む。
「それは嬉しいけど、まずは私一人で頑張るよ」
「未来の嫁に協力するのは当たり前やから。未来の旦那に任せとけ。立花の夢は僕が絶対に叶えてやる。だから一緒に頑張ろ」
そんなことを言われて、手を差し出されたら、断れるわけがない。
「ありがとう。凄く励みになる。じゃあ、困ったら助けてね」
差し出された手を掴むと、ゆっくりと馨ちゃんに引き寄せられ、肩を抱かれた。
「当たり前や」
きっぱりと言い切ってくれるのが、とても心強い。
やはり馨ちゃんは眩しい人だ。
私も負けないように頑張らなくてはと微笑み、青空を見上げる。
飛行機はもう、昼間に輝く星ぐらい小さくなっていた。あとは無事にイギリスへ到着するのを祈るばかりである。
「さてと、兄貴の見送りはこれぐらいでええやろ。どうせ元気に活躍するやろうし、なにかあったら連絡ぐらい来る」
「じゃあ、行こうか」と私の肩を抱いて歩き出す馨ちゃんの横顔は、夏織さんへの信頼に満ちていた。
きっと兄弟にしか分からない絆はある。
それがコンクールを通して、もっと強いものになったんじゃないかと感じた。
「そうだね。夏織さんなら、どこでもやっていけると思う」
こくりと頷く馨ちゃん。
「そうそう、立花。今からまたプロポーズするから、ついてきてくれ」
「えっ」
今、プロポーズと言った?
それは先日、お花に囲まれて言われたけど、と目を丸くして馨ちゃんを見ると、悪戯っぽく笑った。
「前は室内やったから、次は外。渡したいものもあるし」
すっと私の指先を撫でる馨ちゃんに、渡したいものというのは、ひょっとして婚約指輪なのかと思ってしまう。
「そういうのは、サプライズでやるものだと思うんだけどっ!?」
「立花が好きやから、何度でもプロポーズしてもええやろ。それにまた、立花が驚くような花を用意したから。受け取って」
「全部言っちゃだめー! 楽しみが減っちゃう!」
「じゃあ、明日もプロポーズするか」
耳元で馨ちゃんに囁かれ、私の心はこの青空のようにどこまでもときめいて、にっこりと微笑むのだった。
完
