孤独なあなたに、夕食を。 〜食べられないCEOの胃袋を掴んだら本気の口説きが始まりました〜

プロローグ:らしくない一夜

今まで身体を預けたのは、正しく手順を踏んだ相手だけだった。

知り合い、笑いあう時間が増えて、距離が縮まり、目が合えばそれだけで嬉しくて、しかし妙に気恥ずかしい。

そんなじれったい過程を丁寧に積み重ねてから、心も身体も合わせてきた。

けれど今、私を見下ろしているのは正体をよく知らない彼。

教えてくれたのは名前だけ。
口説かれた時だって、雑なもので。

それでも、まぁいいやと思えてしまうほどには心が疲弊していて、この一瞬だけは”私らしさ”を誰かに塗り潰して欲しかった。

髪を撫でられ、頬に触れた彼の指は冷たく、しかし、ゆっくりと覆いかぶさられ重なった唇は蕩けるほどに熱かった。

それだけで芯が溶けてしまった身体をこのまま委ねるなど、らしくないことを今からしようとしている自覚はあるが、止められない。

「由香」

囁くように名を呼ばれた。

「俺の名前、言える?ちゃんと目、開いてくれよ」

薄らと開いた瞳に映るのは、透けるような金髪に、珍しいグリーンアイ。

「アラン……」
「あぁ、そうだ。これから君を抱く男の名前、憶えておけよ」

共通点などまるでない二人。

しかしもし、似ているところを見つけるとするならば……お互い心が荒れていたという事ぐらいだろう。

ニューヨークのバーで知り合った彼――アラン・ウィルソンに連れ込まれたホテルの一室で、その日、由香は一夜限りの熱に溺れた。



翌日、気怠さと共に目覚めると、アランの姿はなく、『真実か、挑戦か』という言葉から始まる手紙が残されていた。

その紙を手に取った由香は、まるでゲームのような書き出しに顔を顰める。

傍には小さな紙袋。
中身はどこか見覚えのあるブランドの化粧品セットのようで、真実を選ぶならそれを受け取って帰れと書かれている。

――なら、挑戦は……?

由香はアランが残した手紙に再び視線を落とす。
そこには、昨夜バーで話した由香の事情を揶揄うような、不遜な提案が記されてあった。
< 1 / 35 >

この作品をシェア

pagetop