孤独なあなたに、夕食を。 〜食べられないCEOの胃袋を掴んだら本気の口説きが始まりました〜
⑧変化、本音、襲来
元カレの待ち伏せから三か月経った十二月。
ニューヨークの街はどこもかしこも電飾が飾り付けられ、大きなクリスマスツリーが出現していた。
通勤時に見かけるスケートリンクには朝早くから氷を滑る人々や、カップルらしき二人組がコーヒーを手に話し込んでいたりする。
年の瀬を感じさせるこの時期、インナービューティー食のプロジェクトは、社食として導入を目指す計画が社内で正式に発表された。
ランチボックスという形式で希望者から体調改善のデータを集める実証ステップへと移行することとなったのだ。
実際に効果があるという裏付け付きの社食を届けるには、まだまだやる事は山積みだ。
そして由香は変わらず、アランの夕食を被検体への検証と称して作りに行っていた。
忙しくも充実した日々。
ただし、困惑していることが一つ。
アランの態度が明らかに変わっており、端的に言えば、どうやら由香はアプローチのようなものを受けているのだ。
のようなもの、と表現したのは、出会った夜の遠慮なく踏み込んでくるアプローチでなく、こちらの反応を逐一観察する慎重なものだったから。
あの夜の印象が強い由香にとっては、今のアランは別人で、これではまるで検証のための被検体は自分の方ではないかとすら感じている。
最近最も分かりやすいのは、退社時だ。
「あの、本当に電車で帰りますから、タクシー呼ぶのは止めてもらえませんか?」
「快適だし、安全だろ?いくらイルミネーションで明るくても夜道は危険だ」
いつもホテルから電車で直帰する由香だが、この一週間ずっとタクシーで送り届けられている。
アメリカでは基本的に通勤手当がないので、こんな事をされると困ってしまう。
「前にも言ったけど、会社の金じゃないから遠慮することない。合法だ」
「それでも困ります……」
ポケットマネーというなら一社員の自分が好意に甘え続けるわけにはいかない。
言えばアランは頬を緩めた。
「心配なんだよ。この時期は酔っ払いが増える」
最近、特に顔色がずっと良くなって、雰囲気も柔らかくなっている。
そんな彼の笑みに、安堵と同時に、ときめきを覚えてしまう。
ーーけれど、アランは狡い。
肝心の気持ちは教えてくれないくせに、そんなことばかり言われては期待してしまって苦しい。
口説かれているのだろうとは思うのに、本当に手を伸ばしていいのか、勘違いじゃないのか……そう迷うのは、出会ったその日に夜を共にしてしまったから。
「こういった形で特別扱いされるのは良くないと思うので……」
由香がくぐもった声で答えるとアランは溜息を零しつつも、あっさりと引き下がった。
「分かった。次からは止めるよ」
「はい。気持ちだけありがたく受け取らせてください……って、座っててくださいよ!」
粛々と答えていれば、今度は腰を上げる姿が視界に入る。
由香は慌てて止めるものの、アランは背に回り込んで、洗い終わったばかりのじゃがいもを取ってしまった。
「退屈なんだよな。それに君は、いつも皿を取れって俺に命令してるだろ。ついでにこっちも手伝うよ」
そう言うが、アランが退屈なのは最近予定より早くホテルに戻ってくるせいだ。
それに手持ち無沙汰な姿を見て、以前何度かお願いしただけだ。
「命令してませんし、今は結構なので、あ……ちょっと!本当に大丈夫ですから。私の仕事なので」
ピーラーまで取り上げられて、由香はいよいよ顔を顰めた。
「俺だって皮剥きぐらいは出来る」
「出来てもしないでください」
「近くに居たいだけなんだけどな」
「こ、困ります……」
揶揄われているわけではなさそうだが、額面通り受け取っていいのかは、やはり考えあぐねてしまう。
「一体どういうつもりなんですか……?」
由香は視線を逸らし呟いた。
するとアランは皮を剥きながらポツリと言った。
「やり直したいだけだ……」
「え……?」
「出会った日の俺は、あまり誠実じゃなかった」
そしてアランは皮剥きの作業をしながら訥々と言葉を落としてゆく。
「君が料理する姿や仕事ぶりを見てれば、真面目な人間だってのは分かる……順番を間違えたと、今は後悔してるんだ……」
「後悔、ですか……」
由香はアランの顔に釘付けになっていた。
「あぁ。本気で君に惚れてる……君の言葉や料理に救われた。この時間が好きなんだ。もし迷惑なら、諦める。でもチャンスがあるなら、こういう時間をプライベートで持ちたい。君と過ごしたいと思ってる」
ふと視線が重なり、しかしグリーンアイの瞳が遠慮気味に直ぐに逸らされた。
心なし、アランの肌は朱を帯びている。
「あの、私は……」
ーー真面目な関係を望んでくれていたんだ……。
それが嬉しくて、返事をしようと口を開いた。
しかしそれは直ぐに制されてしまう。
「待ってくれ。返事は今じゃなくていい。急かすつもりはないんだ……」
しかしそんな風に言われて、引き下がる理由などなかった。
気持ちは同じなのだから。
「言わせてください。私だって後悔してたから……好きだなんて言ったら、全部壊してしまう気がして、ずっと」
どうすれば良いか困っていた。
繋がりを求めるようにアランの顔を見つめると、大きく双眸を開いた瞳が少しして柔く細められる。
「そうか。なら、自惚れて良いんだな……」
緩やかに唇が持ち上げられて、由香もつられて頬を緩め小さく頷いた。
けれど、気持ちを確かめ合った穏やかな時間は束の間で、唐突に来訪者を知らせるチャイムが室内に響く。
アランはそれが誰か勘付いているようで、「邪魔しかしないな……」と呟いた。
現れたのは、彼の母親だった。
ニューヨークの街はどこもかしこも電飾が飾り付けられ、大きなクリスマスツリーが出現していた。
通勤時に見かけるスケートリンクには朝早くから氷を滑る人々や、カップルらしき二人組がコーヒーを手に話し込んでいたりする。
年の瀬を感じさせるこの時期、インナービューティー食のプロジェクトは、社食として導入を目指す計画が社内で正式に発表された。
ランチボックスという形式で希望者から体調改善のデータを集める実証ステップへと移行することとなったのだ。
実際に効果があるという裏付け付きの社食を届けるには、まだまだやる事は山積みだ。
そして由香は変わらず、アランの夕食を被検体への検証と称して作りに行っていた。
忙しくも充実した日々。
ただし、困惑していることが一つ。
アランの態度が明らかに変わっており、端的に言えば、どうやら由香はアプローチのようなものを受けているのだ。
のようなもの、と表現したのは、出会った夜の遠慮なく踏み込んでくるアプローチでなく、こちらの反応を逐一観察する慎重なものだったから。
あの夜の印象が強い由香にとっては、今のアランは別人で、これではまるで検証のための被検体は自分の方ではないかとすら感じている。
最近最も分かりやすいのは、退社時だ。
「あの、本当に電車で帰りますから、タクシー呼ぶのは止めてもらえませんか?」
「快適だし、安全だろ?いくらイルミネーションで明るくても夜道は危険だ」
いつもホテルから電車で直帰する由香だが、この一週間ずっとタクシーで送り届けられている。
アメリカでは基本的に通勤手当がないので、こんな事をされると困ってしまう。
「前にも言ったけど、会社の金じゃないから遠慮することない。合法だ」
「それでも困ります……」
ポケットマネーというなら一社員の自分が好意に甘え続けるわけにはいかない。
言えばアランは頬を緩めた。
「心配なんだよ。この時期は酔っ払いが増える」
最近、特に顔色がずっと良くなって、雰囲気も柔らかくなっている。
そんな彼の笑みに、安堵と同時に、ときめきを覚えてしまう。
ーーけれど、アランは狡い。
肝心の気持ちは教えてくれないくせに、そんなことばかり言われては期待してしまって苦しい。
口説かれているのだろうとは思うのに、本当に手を伸ばしていいのか、勘違いじゃないのか……そう迷うのは、出会ったその日に夜を共にしてしまったから。
「こういった形で特別扱いされるのは良くないと思うので……」
由香がくぐもった声で答えるとアランは溜息を零しつつも、あっさりと引き下がった。
「分かった。次からは止めるよ」
「はい。気持ちだけありがたく受け取らせてください……って、座っててくださいよ!」
粛々と答えていれば、今度は腰を上げる姿が視界に入る。
由香は慌てて止めるものの、アランは背に回り込んで、洗い終わったばかりのじゃがいもを取ってしまった。
「退屈なんだよな。それに君は、いつも皿を取れって俺に命令してるだろ。ついでにこっちも手伝うよ」
そう言うが、アランが退屈なのは最近予定より早くホテルに戻ってくるせいだ。
それに手持ち無沙汰な姿を見て、以前何度かお願いしただけだ。
「命令してませんし、今は結構なので、あ……ちょっと!本当に大丈夫ですから。私の仕事なので」
ピーラーまで取り上げられて、由香はいよいよ顔を顰めた。
「俺だって皮剥きぐらいは出来る」
「出来てもしないでください」
「近くに居たいだけなんだけどな」
「こ、困ります……」
揶揄われているわけではなさそうだが、額面通り受け取っていいのかは、やはり考えあぐねてしまう。
「一体どういうつもりなんですか……?」
由香は視線を逸らし呟いた。
するとアランは皮を剥きながらポツリと言った。
「やり直したいだけだ……」
「え……?」
「出会った日の俺は、あまり誠実じゃなかった」
そしてアランは皮剥きの作業をしながら訥々と言葉を落としてゆく。
「君が料理する姿や仕事ぶりを見てれば、真面目な人間だってのは分かる……順番を間違えたと、今は後悔してるんだ……」
「後悔、ですか……」
由香はアランの顔に釘付けになっていた。
「あぁ。本気で君に惚れてる……君の言葉や料理に救われた。この時間が好きなんだ。もし迷惑なら、諦める。でもチャンスがあるなら、こういう時間をプライベートで持ちたい。君と過ごしたいと思ってる」
ふと視線が重なり、しかしグリーンアイの瞳が遠慮気味に直ぐに逸らされた。
心なし、アランの肌は朱を帯びている。
「あの、私は……」
ーー真面目な関係を望んでくれていたんだ……。
それが嬉しくて、返事をしようと口を開いた。
しかしそれは直ぐに制されてしまう。
「待ってくれ。返事は今じゃなくていい。急かすつもりはないんだ……」
しかしそんな風に言われて、引き下がる理由などなかった。
気持ちは同じなのだから。
「言わせてください。私だって後悔してたから……好きだなんて言ったら、全部壊してしまう気がして、ずっと」
どうすれば良いか困っていた。
繋がりを求めるようにアランの顔を見つめると、大きく双眸を開いた瞳が少しして柔く細められる。
「そうか。なら、自惚れて良いんだな……」
緩やかに唇が持ち上げられて、由香もつられて頬を緩め小さく頷いた。
けれど、気持ちを確かめ合った穏やかな時間は束の間で、唐突に来訪者を知らせるチャイムが室内に響く。
アランはそれが誰か勘付いているようで、「邪魔しかしないな……」と呟いた。
現れたのは、彼の母親だった。