ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!

 揚げ物の匂いと弾ける笑い声が混ざり合い、熱気となって店内に満ちていた。

 金曜の夜の居酒屋はどこのテーブルも人で埋まり、あちこちから乾杯の声が響いている。私はその賑わいのど真ん中に座っているはずなのに、自分だけが分厚い水槽の底に沈んで、ガラスの向こう側の世界を眺めているような感覚が抜けずにいた。

『結婚となると、君ではうちの家柄と釣り合わないんだって言われてね』

 昼間、ホテルのラウンジで誠一郎さんに告げられたあの言葉が、頭の中で何度も何度も最悪なリフレインを繰り返しいる。店内の蒸すような熱気とは裏腹に、私だけ氷の中にいるみたいだ。指先も心も全部が冷たい。

 よりによって今日なんだもの……。

 雪村深結、今日は二十八歳最後の日だ。私は明日、誕生日を迎える。

 二十代前半の、まだ看護師になったばかりで何も知らなかった頃の私は、漠然と『三十歳までには大好きな人と結婚して、温かい家庭を築いているんだろうな』なんて、無邪気な未来を信じて疑っていなかった。
< 6 / 33 >

この作品をシェア

pagetop