ブルーヘヴンの彼方に
3. 親子の絆
「うう、寒いっ」
病院から帰った私は、コートを着たままリビングのファンヒーターの前に丸まった。
唸るような送風音と一緒に、もふぁん、と熱風が吹きつける。
「はぁ、生き返る……」
「若葉、せめてコート脱ぎなさい。傷むわよ」
台所からママの声。
「あとちょっとだけ。外、歯がガチガチいうくらい寒かったんだから」
ソファーの毛布を頭から被る。
「あら。そんな格好したらパンツ丸見えよ」
「え!?」
反射的に飛び起きた。
「あら、動けるじゃない」
「……はめたわね」
「その勢いで着替えちゃいなさい」
相変わらず、人を動かすのがうまい。
「はいはい」
コートを脱ぎ、ニットワンピースに手をかけたところで、背後から妙な視線を感じた。
「何? ママ」
振り向くと、ママがじっとこちらを見ている。
「若葉」
「何?」
「今、恋してるの?」
「……は?」
「彼氏は? 好きな人は?」
「いないけど」
「本当に?」
「本当に」
唐突すぎる。
「残念だけど、今まで一度もいたことないわ。私はママみたいにモテないの」
「なんだぁ、つまんない。娘の恋バナ聞いてみたいのに」
ママは心底残念そうに肩を落とした。
「ちなみにママが若葉の歳の頃には、もうパパと付き合ってたわよ」
「はいはい」
「待ってるだけじゃ恋は始まらないのよ」
「だから、待ってる相手すらいないって言ってるでしょ」 「せっかく大学生になるんだから、一人くらい彼氏連れてきなさいよ」
「ママと一緒にしないで。私には私のペースがあるの」
そう返すと、ママは何がおかしいのか笑った。
「強くなったわねぇ、若葉」
「誰のせいだと思ってるのよ」
それでもママは楽しそうに、昔の話を始めた。
美容専門学校に通う少し前。
台風の日、バイト帰りに立ち往生していたママを、当時大学生だったパパが車で送ってくれた。
それが二人の出会いだったらしい。
「少女漫画みたいね」
「でしょ?」
「台風の日に自転車でバイト行ったママの根性の方が気になるけど」
「そこじゃないのよ」
そこから付き合い始めて。
やがて、パパが大好きだった花時計の前でプロポーズされた。
「『これから先もずっと、君と同じ時間を生きていきたい。僕と結婚してください』って」
そこまで話したところで、ママの声が震えた。
「……あぁ、やだ。思い出したら泣けてきた」
「え」
本当に涙を浮かべている。
「ママが二十六の時に若葉が生まれてね。パパなんて、赤ちゃんのために自分で作った花束持ちながら、子どもみたいに泣いてたのよ」
「へえ……」
「あ、若葉を最初に抱っこしたのもパパ」
「そうなの?」
「そのまま『可愛い、可愛い』って顔中チューしてた。分娩も吸引、パパからも吸引。出生早々忙しかったわね」
「何その情報」
思わず笑った。
でも。
ママは、まだ泣いていた。
「若葉が生まれた日、本当に幸せだったの」
その言葉を聞いた瞬間。
ずっと胸に引っかかっていた疑問が、口から零れた。
病院から帰った私は、コートを着たままリビングのファンヒーターの前に丸まった。
唸るような送風音と一緒に、もふぁん、と熱風が吹きつける。
「はぁ、生き返る……」
「若葉、せめてコート脱ぎなさい。傷むわよ」
台所からママの声。
「あとちょっとだけ。外、歯がガチガチいうくらい寒かったんだから」
ソファーの毛布を頭から被る。
「あら。そんな格好したらパンツ丸見えよ」
「え!?」
反射的に飛び起きた。
「あら、動けるじゃない」
「……はめたわね」
「その勢いで着替えちゃいなさい」
相変わらず、人を動かすのがうまい。
「はいはい」
コートを脱ぎ、ニットワンピースに手をかけたところで、背後から妙な視線を感じた。
「何? ママ」
振り向くと、ママがじっとこちらを見ている。
「若葉」
「何?」
「今、恋してるの?」
「……は?」
「彼氏は? 好きな人は?」
「いないけど」
「本当に?」
「本当に」
唐突すぎる。
「残念だけど、今まで一度もいたことないわ。私はママみたいにモテないの」
「なんだぁ、つまんない。娘の恋バナ聞いてみたいのに」
ママは心底残念そうに肩を落とした。
「ちなみにママが若葉の歳の頃には、もうパパと付き合ってたわよ」
「はいはい」
「待ってるだけじゃ恋は始まらないのよ」
「だから、待ってる相手すらいないって言ってるでしょ」 「せっかく大学生になるんだから、一人くらい彼氏連れてきなさいよ」
「ママと一緒にしないで。私には私のペースがあるの」
そう返すと、ママは何がおかしいのか笑った。
「強くなったわねぇ、若葉」
「誰のせいだと思ってるのよ」
それでもママは楽しそうに、昔の話を始めた。
美容専門学校に通う少し前。
台風の日、バイト帰りに立ち往生していたママを、当時大学生だったパパが車で送ってくれた。
それが二人の出会いだったらしい。
「少女漫画みたいね」
「でしょ?」
「台風の日に自転車でバイト行ったママの根性の方が気になるけど」
「そこじゃないのよ」
そこから付き合い始めて。
やがて、パパが大好きだった花時計の前でプロポーズされた。
「『これから先もずっと、君と同じ時間を生きていきたい。僕と結婚してください』って」
そこまで話したところで、ママの声が震えた。
「……あぁ、やだ。思い出したら泣けてきた」
「え」
本当に涙を浮かべている。
「ママが二十六の時に若葉が生まれてね。パパなんて、赤ちゃんのために自分で作った花束持ちながら、子どもみたいに泣いてたのよ」
「へえ……」
「あ、若葉を最初に抱っこしたのもパパ」
「そうなの?」
「そのまま『可愛い、可愛い』って顔中チューしてた。分娩も吸引、パパからも吸引。出生早々忙しかったわね」
「何その情報」
思わず笑った。
でも。
ママは、まだ泣いていた。
「若葉が生まれた日、本当に幸せだったの」
その言葉を聞いた瞬間。
ずっと胸に引っかかっていた疑問が、口から零れた。