愛だけは、裏切らなかった
 どうやらまた、変な噂を流されたらしい。
 教えてくれる人がいなくても内容はすぐに分かった。

 廊下を歩いていると呼び止められた。
 気づいた時には周りには四人の男の壁。
 ……囲まれてしまった。

「若葉ちゃんってさ、みんなの誘いを断っていたのって……一人じゃなくて複数で楽しみたいからって本当?」

 気持ち悪い。
 あからさまな欲を向けられている。
 軽口なのに、やっていることは決して軽くない。

 ……そこまで嫌われるようなこと、私から何かした?

 遠巻きに眺めているギャルたちに目を向ける。
 表情を見れば、この状況を仕組んでいることは明らかだった。

「ほら、若葉ちゃん」

 一人の男子の腕が肩に回された。
 そして、耳打ちをされる。

「先生に見つからないところ、行こうか?」

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!

「やめて! 行くわけないでしょう!」

 声を張り上げる。
 しかし、男子の力になんて勝てるはずもない。逃げようとしても腕は剥がせない。

「なにやってるんだよ!」と誰かが叫んだ。

「げっ、道端。……それに円宮かよ」

 道端先輩の声だったようだ。こちらに勢いよく向かってくる。
 その後ろには雷が立っていた。

「まずくね?」

「いや、大丈夫だって」

 男子達が囁き合う。
 私を拘束する男子が笑いながら、道端先輩に告げた。

「お前たちもどう? 若葉ちゃんって人数多いほうがいいみたいだからさ」

「何を言ってるんだ?」

 道端先輩は困惑している。
 何かを喋っているけど、私の耳はその内容を拾わなかった。

 ただ、雷の目だけを見ていた。
 彼の口角がだんだんと上がったかと思えば、犬歯が見えた。

 そして、「……分かった」と言った。

「え?」

 男が聞き返した瞬間、雷が床を蹴った。
 勢いのまま、男の顔面に蹴りがめり込む。
 嫌な音がした。

「雷!?」

 道端先輩が叫ぶ。

 そんな声など耳に入っていない雷は、笑いながら男達を殴っていく。

 その様子は、ずっとお預けを食らっていた狂犬が暴れ回るようだった。
 人が欲望を解放されると、こんなふうに狂ってしまうのか。スカートの下で膝が震えた。

「誰か! 雷を押さえろ!」

 ……私は、止めようとは思わなかった。
 道端先輩が止めに入るけれど歯止めが利いていない。

 先ほどまで私を嘲笑っていた人たちが、何も言えなくなっていた。やっと、私に対する悪意が静かになった。

 振り上げた雷の腕が道端先輩の顔を掠めた。
 このままだと敵味方関係なく殴りかかりそうだった。
 遠巻きに見ていた女子たちも青ざめている。

 ……バカな子たち。
 先に言葉で殴ってきたのは誰?

「雷」

 私が呼べば、男子に馬乗りになっていた雷の腕が止まった。ゆっくりとこちらに振り返る。
 目は血走っていて、息は荒い。

「……なんで?」

 不満げな顔に、思わず苦笑してしまう。
 まだやる気なのか。

 両手を広げて、目を細める。

「おいで」

 その声に弾かれたように、雷は飛んできた。
 一瞬の迷いも見せなかった。
 その様子には、道端先輩も、女子たちも、床に倒れた男子達も、目を見開いていた。

 喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 雷は私の足元にうずくまり、熱い眼差しを向けてくる。

「いい子だね」

 頭を撫でてあげる。

「うん。もっと褒めて」

「いいよ。ご褒美あげる。だから、帰ろっか」

 この場の状況も、これからの授業のことも、全て放り出そう。

 身勝手なのは世界なんだから、今更どうでもいいでしょう?

「俺はヨウがいればいい」

「そんなの、当たり前でしょう?」

 愛って暴力だと思う。

 ……愛だけが私を痛みから救ってくれるから。


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