きみが待つ空へ ~敏腕パイロットは命をかけて愛を守る~
9 青の約束
二カ月後。
颯さんと私は、まとまった休暇をとった。
会社も、あれほどの緊張と重責を経験した私たちには、しばらく仕事を離れて休む期間が必要だと考えてくれたのだろう。
すんなりと認められた、10日間の休暇。
せっかくふたりで過ごせるなら、訪れたい場所があった。
シャルトルだ。
私たちが出会った街。
大切なネックレスと同じ、青のステンドグラスで知られる大聖堂のある街だ。
パリから列車で訪れたシャルトルは、今日も落ち着いた美しさをたたえていた。
「あのカフェに寄っていこう」
赤いオーニングの下にテーブルが並べられた店を指差して、颯さんが言った。
「もしかして……」
「そう。ツアーのお客様がバッグを忘れていったところだよ。俺の気に入ってるカフェでもあるけどね」
颯さんは、美しいブルーのステンドグラスに魅せられて、幾度となくシャルトルを訪れていると言っていた。
私もまた、添乗員として何度もこの街に来ている。
けれど、こうして彼と歩いていると見慣れたはずの街並みまで鮮やかに見えた。
「コーヒーでいい?」
「はい」
カフェのテーブルに腰かけると、颯さんは、トレイを片手に店内をきびきびと動き回る店員に声をかけた。
「Excusez-moi, deux cafés, s'il vous plaît.」
「Bien sûr, monsieur.」
「シャルトルに来たときは、必ず立ち寄るんだ。あの日ここに来たことが、今の俺たちに繋がっているんだね。そう思うと、このカフェが特別な場所に思える」
颯さんは、街並みの向こうに見える大聖堂の尖塔に視線を移した。
ほんの些細な出来事が、人生を大きく変えることがある。
あの日、お客様がバッグを忘れ、颯さんが届けてくれた。
その偶然が、私たちを恋人同士として、この地へ導いてくれたのだ。
「そうだ。これ」
颯さんが取り出したのは、東亜グループの社内誌だった。
「近いうちに美桜の会社にも届くと思うけど」
冊子の表紙には、イスタンブール空港に到着した救援機と、タラップを下りる人々の姿が大きく掲載されていた。
ページを捲ると、空港で出迎えた関係者と握手を交わす、制服姿の颯さんも目に留まった。
「……俺は、この救援のフライトを、パイロットとしての最後の仕事にしようと思っていたんだ」
驚いて、顔を上げた。
彼は、いつかは東亜グループを担う人だ。
パイロットとして飛び続けたいという思いがあっても、いずれは経営を引き受けなければならない。
そう考えていたことを、私は知っている。
「俺には197人の命を預かる責任があった。難しいフライトを無事にやり遂げる事ができれば、パイロットとして十分にやりきったと思える。そうすれば、引退することにも納得できると思って」
黙って聞き入っていると、颯さんが「でも」とテーブルの上の社内誌をさらに数ページ捲った。
やがて、一枚の写真の上で指が止まる。
そこには初老の男性が写っていた。
両の口角をわずかに上げた柔らかな笑み。
その面差しが、颯さんによく似ている。
「父が、経営を引き継ぐまであと3年、パイロットを続けてもいいと言ってくれた。父は、俺のパイロットとしての信念をわかってくれたんだと思う」
颯さんが写真に目を向け、晴れやかに笑った。
「よかった……よかったですね。颯さん」
彼にとってパイロットという仕事が、どれほど大切なのかを知っている。
彼が空を飛び続けられることが、私も嬉しい。
颯さんと私は、まとまった休暇をとった。
会社も、あれほどの緊張と重責を経験した私たちには、しばらく仕事を離れて休む期間が必要だと考えてくれたのだろう。
すんなりと認められた、10日間の休暇。
せっかくふたりで過ごせるなら、訪れたい場所があった。
シャルトルだ。
私たちが出会った街。
大切なネックレスと同じ、青のステンドグラスで知られる大聖堂のある街だ。
パリから列車で訪れたシャルトルは、今日も落ち着いた美しさをたたえていた。
「あのカフェに寄っていこう」
赤いオーニングの下にテーブルが並べられた店を指差して、颯さんが言った。
「もしかして……」
「そう。ツアーのお客様がバッグを忘れていったところだよ。俺の気に入ってるカフェでもあるけどね」
颯さんは、美しいブルーのステンドグラスに魅せられて、幾度となくシャルトルを訪れていると言っていた。
私もまた、添乗員として何度もこの街に来ている。
けれど、こうして彼と歩いていると見慣れたはずの街並みまで鮮やかに見えた。
「コーヒーでいい?」
「はい」
カフェのテーブルに腰かけると、颯さんは、トレイを片手に店内をきびきびと動き回る店員に声をかけた。
「Excusez-moi, deux cafés, s'il vous plaît.」
「Bien sûr, monsieur.」
「シャルトルに来たときは、必ず立ち寄るんだ。あの日ここに来たことが、今の俺たちに繋がっているんだね。そう思うと、このカフェが特別な場所に思える」
颯さんは、街並みの向こうに見える大聖堂の尖塔に視線を移した。
ほんの些細な出来事が、人生を大きく変えることがある。
あの日、お客様がバッグを忘れ、颯さんが届けてくれた。
その偶然が、私たちを恋人同士として、この地へ導いてくれたのだ。
「そうだ。これ」
颯さんが取り出したのは、東亜グループの社内誌だった。
「近いうちに美桜の会社にも届くと思うけど」
冊子の表紙には、イスタンブール空港に到着した救援機と、タラップを下りる人々の姿が大きく掲載されていた。
ページを捲ると、空港で出迎えた関係者と握手を交わす、制服姿の颯さんも目に留まった。
「……俺は、この救援のフライトを、パイロットとしての最後の仕事にしようと思っていたんだ」
驚いて、顔を上げた。
彼は、いつかは東亜グループを担う人だ。
パイロットとして飛び続けたいという思いがあっても、いずれは経営を引き受けなければならない。
そう考えていたことを、私は知っている。
「俺には197人の命を預かる責任があった。難しいフライトを無事にやり遂げる事ができれば、パイロットとして十分にやりきったと思える。そうすれば、引退することにも納得できると思って」
黙って聞き入っていると、颯さんが「でも」とテーブルの上の社内誌をさらに数ページ捲った。
やがて、一枚の写真の上で指が止まる。
そこには初老の男性が写っていた。
両の口角をわずかに上げた柔らかな笑み。
その面差しが、颯さんによく似ている。
「父が、経営を引き継ぐまであと3年、パイロットを続けてもいいと言ってくれた。父は、俺のパイロットとしての信念をわかってくれたんだと思う」
颯さんが写真に目を向け、晴れやかに笑った。
「よかった……よかったですね。颯さん」
彼にとってパイロットという仕事が、どれほど大切なのかを知っている。
彼が空を飛び続けられることが、私も嬉しい。