深海のカフェ冬銀河〜破滅ではなくマスターに堕ちてゆく〜

「戻りたい」

なんて、思いもしない。
この先の世界を疑いもしない。辿り着く先が、たとえ破滅だったとしても、理性なんていらない。

耳の奥が研ぎ澄まされる。

騒がしかった世界は、真珠のような光の泡になって、消えてゆく。

全ての音が遮断されても後悔なんてないし、これでいいと思える。

縛りつけられていた糸を解いて、いつの間にか背負ってしまった重荷から解放される。

誰かが糸を垂らしても、もう手を伸ばさない。いつか、誰かにその糸を切られるかもしれないという不安を自ら手放す。
 
私は、ゆっくりと目を閉じた。

自重を支えられなくなって、深く沈んでいくのに、何故か無重力みたいで。響くのは好きな人の心音のような、優しい揺らぎ。 

その揺らぎで、心の傷口を巻いていた包帯がリボンのように解かれて、まるで、深潭(しんたん)が描かれるようだ。

深く、深く⋯、深く⋯⋯、沈んでいくと、もうそれ以上はない『底』に着いた。硬い岩ではなく、落ち葉の絨毯が敷かれているみたいにふわっとしていて、背中から着地してしまったけれど、痛みは全くなかった。

ここはどこだろう。
私はどこに辿り着いたのだろう。

不思議な感覚に包まれていて、息苦しくない。と、言うより、いつもより呼吸がしやすい。

数回、ゆったりと呼吸をして、ゆっくりと目を開けてみた。

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