「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。
第1章

第1話 夜会と断罪劇



婿探しに来たはずなのに、婚約破棄の現場に居合わせてしまった。

しかも、破棄する側ではなく、される側でもなく、ただの傍観者として。人生、何が起こるか分からないとは言うけれど、これは少々刺激が強すぎるのではないかしら。

申し遅れました。私、イーリス・アストレア。アストレア聖帝国第一皇女、皇位継承順位一位、そして聖騎士団の副団長を務めております。

……と自己紹介しておいて何ですが、今夜の私は、ただの随行員です。

帝国使節団の一員として隣国フェルディアを訪れた私は、今夜の夜会には身分を伏せて紛れ込んでいました。目的は単純。私の「夫候補リスト」に載っている方々を、肩書きなしの目で査定するためです。

父である皇帝陛下は「娘の選んだ相手なら、身分は問わん」と笑って送り出してくれましたが、問わないのは父だけです。王配ともなれば、国が問います。だから私が先に問う。血筋、容姿、人となり、そして何より、困ったときにどういう顔をするか。

候補の筆頭格だったのが、この国の第一王子、ルシアン・ベルガルド殿下でした。

今夜の前半の殿下は、言ってしまえば、なかなかのものでした。踊った相手の名前を一人残らず覚えていて、会話の続きまで自然に繋いでみせる。給仕が落としそうになった杯を、音もなく受け止めて「大丈夫か、トマ」と相手の名を呼んで笑わせる。ダンスの腕も確かで、年配の婦人をエスコートする所作には一点の曇りもありませんでした。

顔と名前を覚えるのは、天性の才能です。王配に必要な資質の一つと言っていい。人当たりの良さも本物でしょう。

だから私は、査定表の最初の行に、こう書いていたのです。「素材としては、上等」。

――だった、と過去形なのには、理由があります。

夜会の主賓であるはずの国王陛下は急病でご不在。王妃様もご体調が優れず、早々に離席されました。場を預かる宰相閣下が気を揉む中、音楽が止み、人の輪の中心に現れたのがルシアン殿下です。

腕には、可憐な令嬢を伴って。

栗色の髪をふわりと巻いて、笑うと目が細くなる、愛嬌のあるお嬢さん。殿下はその手を誇らしげに掲げて、よく響く声で宣言なさいました。

「皆の前で、はっきりさせたいことがある。私とセシーリア・ヴェルン嬢との婚約は、本日をもって破棄する!」

会場が、ざわりと揺れました。

輪の向こうに、静かに立っている女性がいます。銀に近い金髪、切れ長の目元、そして澄み切った、冷たい瞳。フェルディア筆頭公爵家の令嬢、セシーリア・ヴェルン嬢。

ああ、素敵な目。

私は昔から、ああいう目に弱いのです。全部見透かされている気がして、少し緊張して、背筋が伸びる。できる女性の目というのは、どうしてあんなに魅力的なんでしょうね。

「……破棄、ですか」

セシーリア嬢の声は、高く、綺麗に通る声でした。動揺は、欠片もありません。

「理由をお聞きしても?」
「真実の愛を見つけたんだ!」

殿下は迷いなく言い切りました。

「ミモザは私を励ましてくれる。笑顔で迎えてくれる。だが君は違う。君の視線は、いつもまるで採点でもしているようで息が詰まるんだ。……すまないが、私はそういう女性とは一緒にいられない」

なるほど。真実の愛、だそうです。

ミモザと呼ばれたお嬢さんは、殿下の言葉にうっとりと頬を染めています。ああ見えて、なかなか肝が据わっているわね、と私は思いました。だって、このお嬢さん、少しも殿下を見ていないのです。彼女の視線の先は、最初からずっと――。

「その『真実の愛』とやらを、国王陛下はご存じなのですか?」

セシーリア嬢が静かに問いかけます。まったくその通りです。国王不在の場で、第一王子が勝手に婚約を破棄する。これがどれほどの大事か、殿下はお分かりなのでしょうか。

「父上には、これから話す! ミモザの愛らしさを知れば、きっと分かってくださるはずだ。ミモザこそ、王妃に相応しい女性だ!」

王妃に、相応しい。

思わず、持っていた杯の酒を飲み干してしまいました。

愛らしさだけで国は治まりません。愛らしさだけで隣国との交渉はできませんし、愛らしさだけで飢饉の年の税の減免も決められません。ましてや――。

と、その時でした。

「……え? 私、王妃になるつもりはありませんけれど」

ぽつりと、声が落ちました。

ミモザ嬢です。

会場中の視線が彼女に集まります。当の殿下も、呆気にとられた顔で彼女を見ました。

「み、ミモザ? 何を言って――」
「だって、私が好きなのは殿下ではありませんもの」

彼女は、きょとんとした顔で。

それから、はにかむように微笑んで、真っ直ぐにセシーリア嬢を見つめたのです。

「私が好きなのは、セシーリア様です」

沈黙、という言葉では足りないほどの沈黙が落ちました。

「セシーリア様ほど完璧な淑女は、他にいらっしゃいません。聡明で、気高くて、凛としていて。憧れている令嬢は、王国中に山ほどいると思います。……なのに、セシーリア様はご自分の婚約を、少しも幸せそうじゃなかった」

ミモザ嬢の声が、少しだけ震えます。

「だから私、決めたんです。セシーリア様を、この婚約から解放するって。そのためには、殿下にセシーリア様より私を選ばせるのが一番早いと思って……近づきました。ごめんなさい、殿下。本当のことを言うと、殿下とセシーリア様は、釣り合っていないと思います」

長い沈黙のあと、誰かが笑いをこらえきれずに吹き出しました。

それが合図のように、会場にざわめきが戻ってきます。宰相閣下は天を仰ぎ、セシーリア嬢は――あの澄んだ目で、ほんの少しだけ、面白そうに目元を緩めました。

そして当のルシアン殿下はというと。

真っ青な顔で、口をぱくぱくと開閉させています。愛を宣言した相手に、その場で「好きなのはあなたの元婚約者です」と言われた男の顔でした。

あら、と私は微笑みました。

夫候補リストの最下位に、いまこの瞬間、殿下が転落した音が聞こえた気がします。

なのに、どうしてでしょうね。

このどうしようもない男を、このまま放っておく気になれないのは。

――本日の査定(仮):ルシアン・ベルガルド。将来の王配適性、測定不能。ただしマイナス方向に。
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