「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。
第2話 それ、もらいます
「好きなのは、セシーリア様です」
ミモザ嬢の告白は、夜会場に二度目の沈黙をもたらしました。
ルシアン殿下が、助けを求めるように彼女を見ます。
「ミモザ、今のは、その……驚かせようとしただけだろう? なあ?」
「いいえ、本気です」
きっぱり。
「殿下のお優しいところは素敵だと思います。でも、私の心は最初からセシーリア様のものです」
「……最初から」
「はい、最初から」
殿下の肩が、目に見えて落ちました。一晩に二度も振られると、人間ああいう顔になるのですね。少しだけ、気の毒になりました。少しだけ、ですけれど。
ざわめきの中、セシーリア嬢が一歩前に出ました。
あの澄んだ目が、まっすぐ殿下を捉えます。
「殿下。……お気づきではなかったのですね」
「何がだ」
「私の気持ちは、とうの昔に決まっております」
彼女の視線が、静かに横へ流れました。その先――人の輪を割って歩いてきたのは、殿下によく似た、けれど少し精悍な顔立ちの青年です。
第二王子、エドガー・ベルガルド殿下。
「兄上」
エドガー殿下は兄の前で足を止め、それからセシーリア嬢の隣に立ちました。彼女の手を取り、彼女がそれを受け入れる。ただそれだけの仕草で、会場中の誰もが理解しました。
ああ、この二人は、とうに相思相愛だったのだ、と。
エドガー殿下は、まずセシーリア嬢を振り返りました。
「大丈夫か」
「ええ。あなたが来てくれたので」
それだけの短いやり取りでした。なのに、さっきまでの殿下の「真実の愛」の演説よりも、よほど真実らしく聞こえたから不思議です。愛というのは、声の大きさではないのですね。
「セシーリア嬢と私は、互いに心を決めております。正式な申し入れは、父上のご体調が戻られてから、礼を尽くして行うつもりでした」
エドガー殿下は、兄を責める口調ではありませんでした。むしろ、申し訳なさそうに頭を下げます。
「……兄上には、伝えるのが遅くなりました。すまない」
ルシアン殿下は、弟と元婚約者を交互に見て、最後にぽつりと呟きました。
「……俺の、立つ瀬は」
ありませんね。
真実の愛の相手には最初から相手にされず、婚約者は弟と相思相愛で、騒ぎを収める国王陛下はご不在。このまま朝になれば、殿下のなさったことは王国中に広まります。国王不在の場で、公の婚約を一方的に破棄し、その相手にまで逃げられた第一王子。待っているのは、廃嫡か、それに近い処分でしょう。
行き場を失った元王子ほど、厄介な存在はありません。国の恥として幽閉されるか、体よく国外へ追われるか。どちらに転んでも、本人にも国にも、碌なことにならない。
――そこで、私の出番です。
計算は、三つありました。
一つ。殿下は血筋も容姿も申し分なく、素材そのものは上等です。先ほど査定したとおり。
二つ。廃嫡された王子には後ろ盾がありません。帝国の派閥が利用しようのない夫ほど、私にとって安全な相手はいないのです。
三つ。この身柄を帝国が引き取れば、フェルディアは帝国に大きな借りを作ります。外交とは、こういうところで効いてくるものです。
そして四つ目は、計算ではありません。
あの真っ青な顔を、このまま見捨てるのは、少しだけ気に入らなかった。それだけです。
私は人混みを分けて、輪の中心へ歩き出ました。地味な随行員用のドレスのまま、真っ直ぐに。
「お待ちください」
宰相閣下が私を止めようとします。その手の前で、私はドレスの胸元に留めていた、平凡な銀のブローチを外しました。
裏側には、帝国の聖鷹の紋章が彫ってあります。
「挨拶が遅れました」
私は微笑んで、一礼しました。
「アストレア聖帝国第一皇女、イーリス・アストレア。帝国使節団と共に、身分を伏せて参じておりました。無礼をお許しください」
どよめきは、一瞬で静寂に変わりました。宰相閣下を先頭に、その場の全員が膝をつきます。セシーリア嬢まで優雅に膝を折る中で、ルシアン殿下だけが棒立ちで私を見ていました。
まあ、無理もありません。ついさっきまで隅で酒を飲んでいた地味な女が、隣国の皇位継承者だったのですから。
「皇女殿下、その……このような場で、突然の」
「お気になさらず。私からも、申し上げたいことがあって参りましたので」
私は、棒立ちの殿下に目を向けました。
「ルシアン殿下を、帝国にお預かりさせていただきたいのです」
沈黙。
「……は?」
殿下の声が裏返りました。
「実は私、現在、夫となる方を探しておりまして。殿下は、その候補のお一人でした」
「だった、という顔をするな! 今の今まで、隅で見ていたのか!?」
「ええ、拝見していました。最初から最後まで」
「全部か!」
「全部です」
殿下は頭を抱えました。私は構わず続けます。
「殿下は今夜、ご自身の立場を大変危ういものになさいました。この件が明るみに出れば、廃嫡は避けられないでしょう。行き場のない元第一王子を抱えるのは、貴国にとって重荷です。ならば帝国が、責任を持ってお預かりします。私の夫候補として、帝国の宮廷で教育を施す。――貴国にとっても、悪い話ではないはずです」
宰相閣下が、慎重に口を開きました。
「……正式なお返事は、陛下がお戻りになってから、ということになりますが」
「ええ、結構です。今夜のところは、私が殿下をお預かりします」
「待て!」
殿下が、やっと声を取り戻しました。
「俺は物ではない! 拾ったり預かったり、勝手に決めるな!」
「あら、いいですねえ」
私は、思わず微笑みを深くしました。
「その元気があるなら、更生のしがいがあります」
「更生……?」
「ええ。だって殿下」
私は一歩近づいて、真っ青な顔を、じっと見つめました。
「あなたの今夜のご様子、とても夫にできる状態ではありませんもの。――帰りましょう、ルシアン殿下。あなたの更生は、馬車の中から始まります」
――本日の査定(仮):ルシアン・ベルガルド。王配適性、測定不能のまま据え置き。ただし、拾う価値あり。要、更生。