【長編】ホタルの住む森

記憶


陽歌は夢を見ていた。

『私』のおなかには赤ちゃんがいて、時々暴れ出すその子を宥めては、愛を誓うその日の為のドレスを縫っていた。

純白の布に美しく浮かび上がる銀色のバラの刺繍は『私』が彼への永遠の愛を誓う意味を込めて一針一針刺したものだ。

静かに流れる幸福な時間。その傍らにはいつも彼が愛を囁き、優しく見守っていてくれた。

『私』は一面の銀世界の中、そのドレスを着てステンドグラスの下で彼と愛を誓った。

彼は「世界で一番綺麗だよ」と言い『私』に誓いのキスをした。

『私』はとても幸せだった。

このままずっと…幸せが続いて欲しいと願っていた。



それは陽歌が一番最初に見た晃の夢で、これまでにも何度も繰り返し見た内容だった。

ただ一つ違ったのは、これまで無音だった夢の世界に、この日初めて音が宿ったことだ。

現実世界で晃に出逢った今日、陽歌は初めて夢の中で彼の声を聞くことができた。

明るい笑い声。

何度も繰り返される愛の言葉。

そして彼は『私』を『茜』と呼んでいた。


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