【長編】ホタルの住む森

空気を含んでプカリと浮かぶその粉を蒼が竹べらでゆっくりほぐしていく。

ハラリと崩れて湯に馴染んでいく粉。全く別の存在としてあったものが一瞬で融合する。

蒼はタイミングを見計らって火を下ろし、抽出された液体がコーヒーとなってフラスコに下がっていくのを見つめながら言った。

「ねえ、私もずいぶん上手になったでしょう?」

「そうだな。蒼は随分腕を上げたと思うぞ。初めてサイフォンで淹れたコーヒーは苦くて飲めたもんじゃなかったからな」

「言わないでよ。初めての時は確かに酷かったけど、その後は茜のスパルタ教習で随分上達したと思うわよ。あの時の茜ったら本当に怖かったんだから」

クスクスと思い出し笑いをしながら、フラスコからカップへと琥珀色の液体を注ぎ分けていく。

「バラバラだったものが絶妙のタイミングで一つの絶品を生む。そのカギが愛情…か。茜のコーヒーへの拘りは半端じゃなかったからな。どうしても蒼に伝えたかったんだろうな。…自分がいなくなっても晃がこの味を忘れないように」

「そうね、このコーヒーを茜の記憶を持つ如月さんに飲ませてあげたいの。彼女が茜ならきっと分かるはず。そして、何かを語ってくれるんじゃないかと思うの」

< 357 / 441 >

この作品をシェア

pagetop