鳥啼くいろは歌
視線を合わせる事も出来ずに、周りの景色に目を奪われているフリ。
彼はもうそんなわたしに飽き飽きしたのか、靴裏の踵を鳴らして砂を落としたり。
そんな事より、時間は良い訳?あんなに急いで用意をしたというのに。
「ブッブー。タイムオーバー時間切れ。これじゃあ指導するにも結構な時間を必要とするな」
だらしがなく口を開けて彼を見上げて尋ねた。
「如何いう意味ですか?」
彼は小さく溜息を吐いて、綺麗に眉を顰めて「だから」と言ってからわたしの顎を人差し指でくっと上げた。
彼の顔がぐっと近付いて来て、顔が熱くなるのが自分でも重々分かった。
「駄目だな。此れ位で赤くなっちゃ。まぁ此れからだな」
金縛りに遭った様に、彼の瞳から逸らせずにいた。
黒くて長い癖の無い前髪が頬に触れた。男の人の癖にシャンプー・リンスの香りが柑橘系だったのが凄く不思議で不似合いだった。
耳元にふっと息が掛かり、わたしは肩に力を入れた。
そして其のわたしの壷に嵌ってしまう声で囁いた。わたしのこんな気を知ってか。
「ケー番とメアド、教えて呉れたらご褒美あげるよ」
ご褒美・・・背中に悪寒が走った。
彼はきっと異常な人間なんだ。其れともわたしが部屋に篭り過ぎていたせいで、一般世間では此れが常識になってしまったのか。