我妻教育
「全部見てまわれなくて残念だったな」


車の窓に、雨が打ちつけている。

「ううん、大丈夫だよ~。一応見たい動物は全部見れたよ」


結局、雨が振りそうだということで、動物園から引き上げた。
判断は正解だった。

車に乗ったとたん、雨が強く降り出したのだ。
日が落ちたかのように暗くなっている。


「なら良いのだが・・・」


「パンダがいなかったことだけが残念だったなぁ」

未礼は、残念そうにシートにもたれかかった。


「確か今パンダは、繁殖のために中国に行っているんだったな。またすぐ日本に戻ってくるだろう」

「だね。赤ちゃんパンダが生まれたらまた見に来ようね!!約束」

「ああ。了解した」





「すごい楽しかった!!!啓志郎くん、今日はありがとうね」


車から降りて、傘をさし玄関にむかいながら、未礼は改まって私に礼を言った。


「いや、例には及ばぬ。久しぶりに動物園も、気が和んでよかった」


「ほんと!?よかった」

未礼は、いっそう清々しい笑顔になった。



連れていってよかった。




「啓志郎坊ちゃま、未礼お嬢さま、お帰りなさいませ」

玄関先で待っていた家政婦のチヨが扉をあけた。

「ただいま」と言おうとチヨの顔を見た。


どうもチヨの表情が若干固い。

未礼もチヨの表情に気づいたのか、私を見た。


「どうしたチヨ?」

聞きながら、玄関に置かれた靴が視界に入った。

黒い、編み上げタイプのハーフブーツ。
不穏な予感が、身体をはしった。


「坊ちゃま、スグルさまがお見えでございます」



「なに!スグルが?!」



チヨは渋い顔で、うなずいた。


私は、ぽかんとした未礼を置いたまま、家に入った。


「客間か?」

靴を脱ぎながらチヨに聞く。


「客間へお通ししたのですが、じっとされなくて、屋敷の中を…」


「勝手に動き回っているのか!あいつ!」



悪い予感は当たるものだ。


私は一番に、未礼と使っている“居間”にむかって廊下を走った。


廊下に光りがもれていた。
ふすまが開いている。



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