我妻教育
「よう、啓志郎。久しぶりだな」

スグルは、私がこの居間に入ってくるのを待ち構えていたように、入口にむかってテーブルに座っていた。

私を確認すると、スグルは片側の口の端を持ち上げて不敵に笑った。


黒の革ジャンが、トレードマーク。
細長い肢体、黒い短髪、小さくすっきりとした顔は全面に意志の強さが現れている。


私は、努めて冷静に室内に入った。

「一体何の用だ」


「何だ、あいさつもなしか」


「無作法な奴に尽くす礼儀などない」


「はっ。相変わらずだな」

スグルは、足を組みかえた。
そして勝手に、未礼の買い置きのチョコレート菓子をつまんで、せせら笑った。

「聞いたぞ。啓志郎。お前、婚約するんだってな。色ボケか?すっかりふぬけた顔になったじゃないか」


「…用があるなら、客間で聞こう。ここは私のプライベートの部屋だ」

「まるで、この家の主人は自分だとでも言ってるような口ぶりだな」

「ここは、私の家だ」

「ところがどっこい。この家が私のものになる日も近いようだぞ」

「何だと?!」


スグルは勢いよく立ちあがり、私の前につかつかと歩み出た。

私より10㎝ほど背が高いスグルは、顔を斜めにして挑発的に、私を見下げた。
大粒の黒曜石のような丸い瞳が、するどく光る。

「すぐに、この松園寺家の本邸から、追い出してやる」


「どういうことだ?」


「松園寺家の皆がみんな、お前やお前の親父の味方ばっかりというわけじゃないってことさ」


不審をあらわにした私の眉間を、スグルは人差し指で2度つついた。

私はその手を払いのける。

「スグル。貴様、何をたくらんでいるのだ」


スグルはニヤリと笑った。

そして私の後ろを見て言った。

「で、その頭の悪そうな女がお前の婚約者か」



スグルは、私を通りすぎて、廊下でチヨとともに様子をうかがっていた未礼の前に行った。

状況が読めず反応に困っている未礼を遠慮なくジロジロ眺める。


私は、慌てて未礼とスグルの間に割って入った。


「無礼だぞ」

睨みをきかすと、
スグルは、「フン」と居直り、居間に戻った。


「待て!」

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