我妻教育

3.絆

まだ夜明け前の早朝。


私は、家から程近い氏神神社の境内に来ていた。


“百度石”と書かれた石柱の前で裸足になった。


呼吸を整え、精神統一し、胴着の帯を締め直す。


そして、私は拝殿へむかった。




俗に言う、百度参り(ひゃくどまいり)である。


百度参りとは、神仏に祈願するために一日に百度参拝することである。

一度の参拝ではなく何度も参拝することにより、心願が成就するようにと願う、日本の民間信仰だ。


方法は、いたってシンプルで、社寺の入口(または、百度石と呼ばれる石柱)から、拝殿・本堂まで行って参拝し、また社寺の入口まで戻るということを百度繰り返すのだ。



静まり返った暗い境内。

澄んだ空気の冷たさに身震いした。

吐く息が白い。

石畳が、まるで氷のようで、刺すような痛みが素足に容赦なく襲いかかる。

百度参りは、裸足で行った方がより効果があると聞いたことがある。

心身を清浄にし、自らの願いに集中することが大切だ。



「どうか、兄上が、ご無事でありますように」


私は、拝殿で手をあわせた。





『贖罪じゃないかな・・・』


昨日、兄が立ち上げたNGO団体グリーン☆マイムの本部に訪れた。


管理人の文城 綾人は私の質問に、答えづらかったのか、初めは戸惑いをみせていた。

しかし、ひと言話しはじめると、落ちついた表情で、こちらが逆に戸惑ってしまうような内容を実に淡々と話してくれた。


我が兄、孝市郎が、なぜ渡航後3年も家族に消息を明かさなかったのか。


『贖罪・・・?』


『啓志郎くん、君は覚えているだろうか・・・?6年前の、あの事故を・・・』


『・・・事故・・・』

私の脳裏に、全身に包帯を巻かれ、やつれた兄の姿がよみがえった。


そして、ある違和感に気づいた。



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