我妻教育
夜が明けぬ、暗闇の神社。
私は一人、昨日と同じように、百度参りに来ていた。

何百と祈ろうと、神に届くかはわからない。

無意味なことをしているのかもしれない。

しかし、待ち疲れ、祈ってでもいないと、状況に心が弱ってしまいそうなのだ。


神頼みしかできない私は、なんて無力なのだろうか。

いつも、いつも…。



はく息も瞬時に冷える。

素足に、氷を踏みしめるような痛みがはしる。
こらえ、食いしばり、参道の石畳の上を一歩一歩進んでいく。

耐えれば耐えるだけ、願いが届くならどれだけ良いだろうか。



賽銭を入れたあと、私は懐から板チョコを取り出した。

供物というわけではなく、お守りのような意味合いで。

チョコレートは、懐に入れていたにもかかわらず、かたいままだ。
この寒さでは、溶けようがないのかもしれぬ。

板チョコを手の平で挟んで手を合わせた。



グリーン☆マイムのロゴは、チョコレートのイラストだ。

なんとなくだが、私にはその理由がわかる気がしていた。


山で遭難したとき、兄と管理人の命をつないだものが、チョコレートだった。


兄は、入れた覚えがなかった。
だが、リュックに入っていたその一枚のチョコレートが、生死の境をわけた。


入れたのは、私だ。


例えばチョコレートのように、糖分を簡単にとれるようなものがあるといい。
あまり覚えていないのだが、確か、テレビか何かで観たのだ。

だから私は、山登りに行くという兄を心配して、夜中にこっそりと兄のリュックに板チョコを忍ばせておいた。


結果、無事下山した兄に、命の恩人だ、と感謝された。



そう、確かに覚えている。

兄が無事だったことを知ったときの、跳ねるほどに喜んだ感情を。




交渉は進んでいるのか。

兄はいつ解放されるのか。

無事な姿、せめて声だけでも聞き、安心したい。


つい最近、兄が手を広げ、私との再会を喜んでくれたとき、どうして私は握手さえ拒んだのだ。

どうして、もっと話をしなかったのだ。
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