我妻教育
…寒さのせいだ。

鼻の奥がつんとして、目の端が、にじむ。

寒いからだ。


寒くて暗くて孤独だからだ。


願いごと以外を考えるな。

私は頭を振り、拝殿を見据えた。




「あたしも、ちょっとお願いしてこようかな」


百度参りを終え、神社から出ると、鳥居のところで未礼が待っていた。


「来ていたのか。寒いから、来なくても良いと言ったのに・・・」


未礼は、私に上着をかけた。
触れた手がそうとう冷えている。


「・・・でも、啓志郎くんが頑張ってるのに、あたしもじっとしてられなくて・・・」

言いながら、未礼は、鼻をすすった。


未礼が参拝するのを待って、ともにホテルに戻った。





ホテルの部屋で、グリーン☆マイムのホームページで掲載されている、写真を閲覧していた。

兄は写っていないが、兄が見てきた世界を眺めていた。



ふと一枚の写真に目がとまった。


子どもの写真だ。
顔のアップ。

子どもとは別に、大人の男の手が写っていた。
子どもの頭を撫でるように置かれた右手。

日に焼けた、筋張った長い指。
人差し指の付け根あたりに小さなホクロがある。


兄だ。

爪の形にも見覚えがある。
間違いなく、兄の手が写っていた。


私は、まじまじと眺めた。

写真の中に広がる世界には、間違いなく兄が存在していた。



写真に見入っていると、

「啓志郎くん、チヨさんだよ」

部屋の電話に出た未礼が、受話器を押さえながら言った。


チヨが、私に用があり、ホテルの受付に来ているのだという。


電話を切ってから、まもなくチヨが部屋にやってきた。

戸を開けると、息が上がっている。
急いで来たようだ。


「啓志郎坊ちゃま…!!」

チヨは、上気した顔で、私の腕をつかんだ。
驚いたような、興奮した顔だ。

どうしたのだ、と戸惑う私に、チヨは手さげカバンから何かを取りだした。


「これが、本日、届いておりましたので、啓志郎お坊ちゃまにお渡ししようと思いまして…!!」


カバンから取りだした、“何か”を私に、押しつけるように渡す。

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