我妻教育
「体力を温存しておかねばならぬだろう!
行くぞ!しっかりつかまっていろ!!」

戸惑うジャンを無理矢理自転車の荷台に乗せ、私は自転車をとばした。


必ずや間に合わせてみせる。
私は立ちこぎで、大通りを目指した。



「混んでるな・・・。休日だからか・・・?」

大通りにはすぐにたどり着いたものの、道路が車で渋滞していた。


運良く近くにいたタクシーの運転手に聞くと、
「この近くの交差点で事故があったみたいだ」ということらしい。

「急いでいるのだが・・・」


困り、たずねると、運転手は首をひねって答えた。

「スケート場なら、今なら自転車のほうが早いと思うよ」



ジャンを見ると、明らかにあきらめ顔だ。


「まだあきらめるな!!このまま、会場まで行くぞ!」

私はペダルに足をかけた。


「啓志郎、キミだって、疲れているだろう?!大丈夫なのかい?!」

「大丈夫だ!!」

勢いよく、こぎ出す。


息が上がる。
口で呼吸をしながら、必死に自転車をこいだ。



「啓志郎!!例え、間に合わなくてもボクはうれしいよ!!」


後ろからジャンが叫んだ。
鼻声だ。涙でもこらえているのだろう。


「馬鹿者!!間に合わないなどと、後ろ向きなことは言うな!」

私も叫ぶ。
叫ばねば、背後のジャンに声が届かないのだ。


「うぅぅ、そうだね。ほんとうにボクはうれしい!!」


立ちこぎでバランスが不安定な自転車から振り落とされないように、必死にしがみつきながら、ジャンは、さらに叫んだ。


「キミが心配で、今朝ホテルを訪ねたのは事実なんだけど、
正直に言うと逃げたい気持ちもあったからなんだ!」


立ちこぎの二人乗り自転車。
必死の私と、大声のジャン。
通行人の視線を受けながらも止まらない。


「…ただ、心の奥では、試合から逃げちゃいけない気持ちもあって。
もしかしたら、いや、きっとこうやってキミに発破をかけてもらいたかったのかもしれない!!ありがとう啓志郎!!」


「礼を言うにはまだ早い!!」


弱さを、口にできるジャンがうらやましいと思った。


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