我妻教育
アイススケート場の前で、焦り顔の琴湖が、私たちの姿を見つけ、大きく手をふった。

間に合ったのかどうか不明だが、とにかく何とか会場にはたどりついた。


スケート場の前に、自転車を乗り付ける。

待ちわびていたのだろう、ジャンのコーチや関係者と思われる大人たちが、慌てて駆けより、「早く!」「急いで!!」と、口々にジャンを急かした。


間に合ったか・・・。

ジャンは私の顔を見た。


ジャンは自転車から降りると、スポーツバッグの持ち手を強くにぎった。

その面持ちは、先ほどまでとはまるで別人のように凜としていた。


そして、決意をこめるように私に向き合った。

「・・・啓志郎。見届けてくれるかい?」


「ああ」

私は大きくうなずき、ジャンの背中を押した。


ジャンは、勢いよく会場のなかへ走って行く。

私と琴湖は並んで、ジャンの後ろ姿を見送った。


ジャンの姿が見えなくなると、気が抜けたのか私はその場に座りこんだ。
足がガクガクということをきかない。


「どうぞ」

目の前にペットボトルが差し出された。

琴湖が近くの自販機で買ってきてくれたようだ。
ありがたく好意を受けとり、一息ついた。


「ずいぶんと余裕のないお顔ですこと」

皮肉気ながらも、琴湖は優しく微笑み私にハンカチを貸してくれた。


「面目ない」

びっしょり汗をかいていた。

汗をぬぐい、立ち上がろうとするが、疲れ切った足では、なかなか力が入らない。

琴湖が私の腕をつかみ、支えてくれる。



「お熱うございましたわね」


琴湖の言葉に、私は苦笑いした。


海でのジャンとのやりとりの話だろう。
携帯電話がつながりっぱなしで、一部やりとりを琴湖にも聞こえていたのだ。


琴湖の手を借り、ようやく立ち上がった。

「すぐにジャンの出番ですわよ」

「ああ、急ごう」


「お疲れのようですね。少しは和らぐかもしれません」

よろける私に、琴湖はかばんからチョコレートを取って手渡した。


「ありがとう」


チョコレートを口に入れる。

甘みが体中にまで染み渡り、私の心を和ませた。

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