我妻教育
「タイムセール」などと口にしていたゆえ、一般家庭に属しているのかと思いきや、桧周は大手重工業の社長令息だったのだ。

家柄に見合う外見をして欲しいものである。



「啓志郎くん、どうしたの」
玄関の戸を開けたのは未礼だった。

キャミソールにショートパンツ、ロング丈のカーディガンという姿。
またもや、はしたない…。

「お、来たか」
桧周も顔を出した。
ラフなスウェットにエプロンをかけている。
夕食の後片付けだろうか、ゴム手袋も着用していた。

おそらくカレーと思われる香辛料の残り香がし、部屋の奥からテレビの音声と、小さな子どものはしゃいだような高い声が響いている。

玄関には桧周のものであろう、大きなスニーカーと、男児用と女児用のスニーカーが置かれていた。
どうやら桧周には年下の弟と妹がいるようだ。


「よくうちがわかったな」

「無礼は承知の上だ。名簿を調べさせてもらった。すまない」
軽く頭を下げた。

「…あぁ~、だろうな。別に構わねェよ。つか、玄関に突っ立ってねェで上がれよ。散らかってっけどな」
気を悪くされるかと思ったが、特に気にも止めてない様子で、桧周は部屋の奥を指差した。

「いや、すぐに失礼する」


私は、未礼に向き直り、告げた。

「あなたを迎えに来たのだ」

「え?」
未礼は、不思議そうに目を見開いて私を見つめている。

「すでにあなたのお祖父様の了解は得ている。
これからは私の家で生活してもらう」

いきなりですぐには話が飲み込めていないのか、まだきょとんとしている。

念を押すようにもう一度言った。


「私の家に来るんだ、未礼」


「うん」

私の申し出を理解した未礼は、私の思惑も知らず、うれしそうに笑って応じた。




未礼の笑顔を見て、更に、決心を固めた。


我が父が言ったのだ。
未礼と婚約するためならどんな手を使ってもよい、と。


三ヶ月後、親族の前で、
私は正式な後継者として、高らかに宣言され、
同時に婚約者として未礼を紹介する。

はじめは必要ないと思っていたこの三ヶ月は必要なものだったのだ。


私が。未礼を。教育するのだ。

妻として、ふさわしい女にするために。
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