我妻教育
私は、未礼の祖父の目を正面から見据えた。

「夜分に恐れ入ります。
差し出がましいこと承知の上で申し上げます。
詳しい事情までは存じ上げませんが、未礼さんはあまりご自宅に戻られてないとのことを耳に致しました」

目をそらさず、ひざの上で手をぎゅっと握り、ためらわずに一気に言い切る。

口もとは引きつっていたかもしれない。
息を吸い、口を開く。

「よろしければ、未礼さんを我が家で預からせてはいただけないでしょうか」

これが、私の導き出した“結論”だった。

帰りたくないのなら、無理に帰れとは言わない。
だがいつまでも友人とはいえ男の家に寝泊りするなど言語道断。
それならば…、というわけである。

「な、何言ってるんだ!!」
勇が叫んだ。
無理もないが。
顔は驚きというより、怒ったように強張っている。

勇は訴えるような目を祖父に投げかけた。


祖父は、突然の無茶な申し出に、わずかに面持ちに驚きが見えたものの、相変わらずの鷹揚な態度のまま、私を見つめていた。
そしてゆっくりと口を開いた。

「どうぞ私の部屋にいらっしゃって下さい。
そこでお話をしましょう」
静かにソファーから立ち上がり、私をうながした。

「待って下さい、おじいさま!」
「いいから勇は待っていなさい」

祖父は、食ってかかる勇をたしなめ、私と二人で居間を出た。



“妻の恥は私の恥。我が家の恥”


欠点なら誰にでもある。

何も高潔な人格を求めているわけではない。
最低限、後継者の妻として恥でなければそれでよいのだ。


妻に足りないところがあるのは夫の責任。
諭すことは努めである。


保護者が、教育放棄するというなら、私が代わりに教育する。





30分ほどで未礼宅をあとにした。

門前で車に乗り込む時、夜風が私の鼻腔にキンモクセイの香りを運んできた。
一度目来た時には気づかなかったが、どうやら未礼宅の庭に植わっているらしい。


そのまますぐに未礼のところへ向かった。
桧周友基也の自宅だ。


塔のごとくそびえ立つタワーマンションの高層階に桧周の住む部屋はあった。

名を告げるとすぐにオートロックは解除され、通された。
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