我妻教育
「うれしい。ありがとう。頼もしいな」

未礼は、ふわっと顔をほころばせた。

笑うと、親しみと優しさが漂う目元はどうやら祖父ゆずりのようだ。
風が乱した髪を手でとかしながら未礼は笑みを強めた。


池で鯉のはねる音がした。

「おっきぃコイいるね。白いの」
池に近づき、未礼がそのすらりとした肢体を水面に写している。
鯉の群れを指さして私のほうを見た。


あれはカノンという名だと言おうとした瞬間、ふっと、未礼の目が、私の後方にある別の物をとらえ、とたんに興味を移したのがわかった。
大きな瞳がくるりと動く。

「ねえ、カキ食べれるの?」
うきうきとした声で聞いてくる。

「…ああ、柿の木か…」

私は後ろを振り返って、未礼の視線の先を見ながら答えた。
「そろそろ実がつきはじめているようだな」

未礼は、柿の木の下にかけよって、青い実のなる緑を仰いだ。

私は歩いて未礼の後に続き、その横顔を見上げた。
果実に集中しているのか、口元が半開きになっている。


「食べれる?」
まるで好奇心旺盛な子どものように質問を繰り返す。
渋柿ではないことを確認したいようだ。

「ああ」
「ホント!?楽しみ〜」
「柿が好物なのか?」

「うん、好き。柿に限らず、やっぱり旬のものは食べとかないとでしょ♪
秋はー、梨でしょー、栗でしょー、カボチャでしょー、モンブランでしょー、
それに、えーと…あと何ある?」
上目で指を折って、数え挙げている。

「秋の味覚といえば、秋刀魚やサツマイモもあるな」

「そうそう!大根おろし!!」

「…」?

「大根おろしとポン酢で食べると美味しいよねぇ。サンマ」

「…ああ、食べ方のことか。そうだな」


「……」


「…未礼?」


突如、未礼が黙り込んだ。


今の今まで軽快に会話していたというのに、表情が急激に元気を失っていた。
肩を落とし、力無くうなだれている。

いきなり何事だ。
この突然の変化に、にわかに不安がふくらむ。

「どうした?」
うつむいた未礼の顔をのぞきこんで尋ねた。

未礼が重々しく口を開く。
「…ダメだ…」

「何がだ?」



「…おなかすいた…」


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