我妻教育
未礼の祖父、垣津端 光寿(ミツヒサ)。
カキツバタ商事の会長である。


私は、光寿氏の自室に通され、そこで、対で話をしたのだ。


もちろん本当の理由(あなたの孫娘を教育する)は、口が裂けても言えないのだが。



「この年になると畳じゃないと落ち着かなくてね」

未礼の祖父、光寿氏は、テーブルの上にあるポットから急須にお湯を注ぎなから、私に向かって、腰を下ろすよう目配せをした。


外観も内装も英国風の洋館。
その中に、旅館の客室のようなこざっぱりとした8畳ほどの和室あった。


「この家は、今は亡き私の妻の趣味だったんですよ。
こういう、外国風な建物に憧れがあったみたいでね」
光寿氏は、私の前に緑茶を置いた。


和室の真ん中にテーブルと座椅子、壁面にテレビ台とサイドボードが置かれている。
どれも天然木の質感と木目を生かした、温もりのある深い色で統一されており、光寿氏のイメージと非常に合致していた。



光寿氏は、サイドボードから一冊の分厚いアルバムを取り出すとテーブルに開いて見せてくれた。


「これが、未礼の母親です」

そう言って一枚の古い白黒写真を指差した。

写真を覗き込むと、そこには若い夫婦と一人の幼い少女が写っていた。

かしこまった真面目そうな青年と、女優のように整った容貌の美しい女性に、大きな瞳の愛らしい幼女。
光寿氏の指はその幼女を指していた。

「若い頃の私と妻と、私たちの一人娘です」

「七五三ですか?」
未礼の母親だという幼女は、着物を着ていたのだ。神社を背景にして。

「ええ」
光寿氏は、柔和に老いた顔を緩ませ、写真を指でなでた。


「私の妻…未礼の祖母は、垣津端家の一人娘でして。私は婿養子なんです。
私たちの間にもこの一人娘だけでしたのでね、娘も婿を取ることになったんですよ。
そして生まれたのが未礼。…これがそうです」

ページをめくり、指差したカラー写真には、動物園で撮られたと思われる親子三人の写真だった。

パンダの檻の前で、父親に抱かれた、幼い未礼が弾けるように笑っている。
今も昔も顔はほとんど変わっていなかった。


「彼が実の父親なんですね」

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