我妻教育
上体を起こしたら、うしろから抱き抱えるように、上半身を持ち上げると、そのまま後ろ向きに進む。
後ずさりの要領で、隣の部屋に未礼を運ぼうと試みた。
脚は引きずってしまうことになるが、仕方ない。


「…っくっ…」

意外と重労働だ。

なかなか上手く持ち運ぶことができず、仕方なく一度上体をおろして休憩した。

「…ハァ…」

力の抜けた人間を移動させるのは至難の技だった。



以前、熱を出して倒れた幼なじみの琴湖をおぶって帰ったことはあるが、当たり前だが、サイズが違うのだ。


誰かの手を借りることも考えたが、私が未礼の面倒をみると決めたのだ。


これほど動かしても、眠り込んで起きようともしないとは…。


再び未礼を擦るようにして移動させる。

なんとか、隣の部屋に布団をしき、そこへ寝かせることに成功した。


部屋を出ようと、立ち上がりかけたとたん、未礼が、ぱっちりと目を見開き、
「あ!!そうだ!」と、勢いよく上体を起こした。

驚いて反射的にビクリと身体が強張る。
「…どうした?」


「お風呂入んなきゃ」


「…部屋を出て、右の突き当たりだ」



「ありがと〜」



足音が廊下の奥に消えていく。

私は部屋で一人、呆気にとられて座っていた。

すぐに目覚めるならば、何のためにここまで運んでやったのか…。


着信だろうか、居間の畳の上に置きっぱなしにされたままの未礼の携帯電話のバイブの重低音が響いていた。








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