我妻教育
我が家には、私と数名の住み込みの使用人がいるだけだ。

「家に家族の者がいないのはいつものことだ。
さみしいなど考えたこともない」

そのような感情はもとより持ち合わせてはいない。


「…啓志郎くんは、強いね」
そうつぶやくと未礼は、身体を起こし、背伸びをした。
そしてそのままうしろに倒れこんだ。


強い?



この家=松園寺家の本邸に居住するのは、すなわち松園寺一族の筆頭であるということ。


今この家を治めているのは当主である我が父。
現在、その父は母とともにΝYにおり、
先代当主の祖父は療養のため祖母とともに別邸に移った。

兄と、二人いる姉(双子)もそれぞれの目的で海外におり、長期にわたり家を空けている。


つまり現時点で我が邸に住む松園寺家の者は私一人。

つまり私はこの家の全権を委任されていると言ってよい。


いつ、なんどきも、
強くあらねばならない。




「実家では、さみしいと感じていたのか?それはなにゆえだ?」

話の流れで、ちょうどいいからこちらもずっと気になっていることを聞いた。

未礼は畳の上で仰向けに横になったまま沈黙している。


答えないのは、言いたくないからか…?
やはり、言わないだけで思うところはあるようだ。
家に帰りたくないのは、それなりの理由があるはずだから。

すぐには問い詰めまい。
いたわるように口調を改めた。
「…言いたくないなら、言わなくてもよいが」


未礼は、まだ返事をしようとしない。

気になり、顔をのぞき見た。



寝ていた。


手は背伸びでバンザイをしたまま、足はあぐらをかいたままの状態で。

返事をしないわけだ。


「…未礼。こんなところで寝たら風邪を引く」

あきれつつ声をかけたが、起きる気配はない。

うっすら口を開けたまま静かに寝息をたてている

このまま畳の上で寝かせておくわけにもいくまい。

未礼の寝室はすぐ隣だ。


…仕方なく私は、ひとつ息を吐いてから、未礼の腕と背に手をまわし、上体を引っ張り起こした。

想像以上に力がいることに若干戸惑った。
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