我妻教育
「啓さま」

私を呼ぶ、琴湖の声で我にかえった。


「顔色がお悪いようです。
とにかくご自宅に戻られたほうがよろしいかと」

しごく冷静に、私を落ちつかせようと、私の手を強くにぎった。


「…いや、でも」
ようやく発した声は、かすれていた。


「ご心配は、おさっしします。
今、こちらの九地梨さんに教えていただいた、未礼さんの行きそうな場所などは、啓さまの家のものにお伝えいたしました。
ですから、ご自宅で未礼さんをお待ちになって下さいな。
車の手配はしてあります」

たんたんと述べる琴湖のおかげでようやく頭が働きはじめた。


…なんと、しっかりした女であろうか。


琴湖のおかげで、冷静さを取り戻した。

同時に、未礼に対する心配がふくらんできた。


桧周は、未礼の携帯電話がつながらないと言っていた。
念のため、携帯を取り出し、未礼にかけた。

やはり、つながらなかった。

意を決し、私は顔を上げた。



琴湖が持っていたメモ用紙を受け取ると、私は走り出した。


自らの失敗は自分で、取り返さねば。





走り出した私の後ろから、琴湖たちの何か叫ぶ声が聞こえたが、私は振り返らずに学校を出た。


校門を出たところで足をとめ、メモを見る。

店など、未礼が立ちよりそうな場の名が十数件羅列されていた。


「ここから近いところから行こうか」

「…九地梨…殿…」

いつの間にやら、九地梨が私のあとをついてきていたようだ。


「未礼を探しに行くんだろう?さあ、こっちだよ」

九地梨は、先導するため私の前を走り出した。


私は九地梨を追う。


メモに記されていた名称だけでは、場所がわかりかねる。
九地梨が先導を買って出てくれ、正直助かった。




まもなく、ショッピングモールにあるゲームセンターにたどりついた。

「さすがにまだ学生は授業中だから、人は少ないみたいだね」

あたりを見回しながら、九地梨が言った。


「補導されないように気をつけなきゃね」

少々困ったように言いつつも九地梨は、機械的な騒音の中を大胆に歩き回る。


私ももはや、まわりの目などどうでもよかった。
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