我妻教育
耳をつんざく罵声。

琴湖とジャンが悲鳴を上げて縮こまる。


「ユキヤ、相手は子どもだから…」

九地梨の牽制を聞き入れることなく、桧周は身を返し外へ飛び出して行った。

私は目を見開いたまま動けなかった。



「…な、なによ、あの野蛮人!!」

琴湖が、開け放たれた扉を睨みつけた。


「ポポポポリスに電話だね!ひゃくとうばん…」
ジャンが携帯を取り出した。

まばゆい石で飾り立てられたホワイトカラーの携帯電話だ。
震える指で押そうとするジャンを琴湖が慌てて制した。

「馬鹿!おおごとにするんじゃないわよ。
世界の松園寺家のスキャンダルよ。マスコミのエサになるじゃないの!
この大馬鹿者!!」

「でででででもさぁ!!」

「いいからあんたはじっとしてて!!」

ジャンを一喝すると琴湖は、すばやく自らのワインレッドの携帯電話を手にとると、我が松園寺家の執事に電話をかけた。



「いい?まず家の大人に任せるの。
内々で対応するの。こういう急事の警備体制は、ちゃんと万全なんだから」

琴湖の機転に、ジャンは黙ってうなずいた。


「貴方は、未礼さんの行きそうな場所、交友関係を教えてちょうだい」

そして、琴湖は、保健医の机の上からメモ用紙とペンを素早く探し出すと、九地梨に渡した。

「君、すごいんだね。しっかりしてる」

九地梨の怜悧な面持ちが感心と好奇心で和らいだ。

「いいから早く。思い当たるところ全部よ」

「ああ、わかった」



頭が真っ白だった。


私は、固まったままその場でただ見ているしか出来なかった。


我先に飛び出して行った桧周の後ろ姿を。

冷静に行動する琴湖と、そのまわりを所在なく歩き回るジャンを。

九地梨が、琴湖に言われたとおり、メモをとっているのを。

メモを手にまた電話をしている琴湖を。



私はなにをしている…。





父に、叱られる。






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