我妻教育
12歳を迎えた今年の春、
松葉グループの現代表である父【松園寺隆一郎】は、

「啓志郎、お前ももう分別のつく年頃になったから…」

そう言い、積極的に私を人前に連れて行くようになった。


パーティーなど社交の場で、仕事関係者に紹介されるようになった。

夏休みには毎年仕事で忙しい両親とは別に避暑地で過ごしていたのだが、今年は現時点で父が仕事場としているNYにも呼ばれた。


私は、子息から『後継者』として地位を上げる。

親子間のただの口約束から、世間に対してはっきりとした行動を伴って、確固なものとして築き上げられていく。


婚約もその過程の一つにすぎない。




見合いのあと、そのままNYへ戻る両親を見送るために空港へ行った。

搭乗前のラウンジで両親はノートパソコンを前に、コーヒー片手に仕事をしていた。

私は窓際のソファーに座り、一人手持ち無沙汰に離着陸する飛行機をぼんやりと眺めていた。



「啓志郎」

母が化粧室へと席を立ったのを見届けると、
父はノートパソコンから手を離し、向かいのソファーに腰を下ろしていた私を、自分の横へ座るようにと手招きをした。

私が腰を下ろすと、出し抜けに言った。

「来年の正月、親族一同の前で正式にお前を俺の後継者にすると宣言するつもりでいるから、心の準備をしておくように」

「―!!本当ですか」

父の言葉に心が弾み、思わず声が上ずった。


そんな私の心の内を見透かしたようにニヤリと微笑した父は、私の緊張をほぐすように肩を揉みながら続けた。

「まぁ、お前は優秀で健康だからな、何より俺に似てイケメンだし(笑)、
皆も暗黙の了解だろうが、何事も早めにはっきりさせておいたほうがいいだろう」

「あ、ありがとうございます、父上」

ようやくここまでこぎつけた。誇らしさで私の頬は緩んだ。


宣言してもらうことに意味があるのだ。

暗黙の了解、の状態では立場は危ういままだ。

なぜなら私は、長男ではない。


「それから、婚約の話だが、お前にしてみれば急な話だったからなぁ、驚いただろう?」

「…いえ…」


< 9 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop