プライダル・リミット
 男はギターケースを床に置いて吊革に手を掛けた。出発した電車の揺れより速く思えるほど、マキオの心臓が脈打った。射程圏内。車両と車両を繋ぐデッキに続くドアは開放されている。
(そ、そうだよな。警察に路上ライブを注意されたんだ。引き上げて帰ることは考えられる。そうなれば、もしアイツが電車を利用していたら駅で出会ってしまうことだってありえたんだ。くそっ、何でこんなことに頭が回らなかったんだ! 電車を何本か遅らせればよかったのか? いや、そこまでアイツの行動を予測することはできない。いっそアイツが帰るところを確認してから電車に乗るべきだったんだ。しかし、それも不確定要素がありすぎる。追尾していたら自分がいつ帰れるのかわからない。そうさ、選択肢としてはこれでよかったんだ。ほんの数%の確率がたまたま当たってしまっただけのこと。きっと日常とはその繰り返しなんだ。そう、ただそれだけのこと。それにアイツは隣の車両。都会においていちいち他人を気にする人間なんてほとんどいない。ゆえに、気づかれないことの方が高確率。気づかれるわけが……)
 マキオは自分が気づかれていないことを確認するため、ゆっくりと男の方に顔を向けた。





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