小悪魔は愛を食べる
これを言えば引き下がるだろうと絢人は思っていた。実際に、今までも不機嫌にこう言えば女は引き下がった。だから芽衣が顔色ひとつ変えずに頷いた事に驚いて目を見張ってしまった。
「知ってるよ。でもね、わたしも倉澤くんが好きなんだもん」
真っ直ぐな目。迷いなんて何もないような真っ直ぐな目。初めて、女を綺麗だと思った。
吸い込まれそうな大きな瞳を眺めながら、それでも絢人はこれ以上踏み込まれないために眼鏡の奥の切れ長の目を細めて、呆れたように溜め息を吐き出してみせた。
「アンタって顔は可愛いけど中身はつまんない馬鹿だね。悪いけど、人に好かれるのって面倒だし、鬱陶しいから二度と俺に話しかけないで」
駄目押しに、嫌味に哂って絢人は芽衣の横を通り越して行った。
芽衣が何か反応するより先に、開いた教室のドアから大きな手が伸び出て芽衣の腕を引き寄せる。馴染んだ感触に芽衣はされるがまま抱き締められた。
「振られちゃったな、芽衣」
後ろから抱き竦められて芽衣がこくんと頷く。肩を掴んでいるため丁度顔を埋められる位置にある壱弥の腕をぎゅうと握って「はじめてふられた」と呟いた。
それから数秒おいて、ギャラリーが騒ぎ始めた。