落日


「一年くらい前だったかな。いきなり『ここで働かせてくれ』ってやって来て。その時は求人募集していたわけでもなかったから断ったんですよ」


一年前……。

私と聡がフィレンツェで出会う半年前だ。


「その翌日だったかな。うちのバイトがミスして、お客様をひどく怒らせてしまってクビになったんですよ。で、急遽、伊佐に連絡を取って採用になったんです」

「……クビ……?」

「えぇ。まぁ、伊佐にとっては思いもしなかった採用になったわけですけど、逆に、こっちはすごく助かりました。仕事を覚えるのも早いし、接客態度も申し分ないし」


だから聡が辞めてしまったことはとても痛手になった、と、彼は苦笑した。

私は話を聞きながら、何か違和感を感じる。


働くことを断られた翌日に、この店のバイトが、客の怒りを買ってクビ。

それをきっかけに、聡はこの店で働くことになった。


『ねぇ、依子さん。私の燕は元気かしら――?』


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