落日
いまは勤務中だから。
そう何度も自分に強く言い聞かせて、私は涙を呑み込む。
時には、軽々しく術中に嵌った自分が一番悪いのだと責めたり。
私も悪い男に捕まったものだ、と、自分を嘲け笑ったり。
いろんなことを試みて、なんとか本来の自分を取り戻そうとするけれど、自然と零れ落ちる涙がそうさせてくれない。
私の部屋のキャビネットのうえには、もう何も存在していない。
深紅のベネチアングラスは粉々に砕け、今頃は、跡形もなく塵処理場で眠っているのだろう。
苦々しい想いを胸に抱えた毎日の中で、聡との状況を興味本位に訊いてきた香織と誠司に、私は、別れたことを話した。
真実は何ひとつとして話さず、ただ、男女の間によくある気持ちの変化を理由に挙げた。