今宵、月の照らす街で
扉を閉めた明奈は、冷たいそれに背をもたれかける。


膝の力が抜け、ペタンと廊下に腰を落とした。


我、此処に有らず、の瞳。その瞳からは、やがて大粒の涙がこぼれてきた。


度重なる、明奈への不幸。耐えようと決意する彼女の胸中とは裏腹に、涙は嘘をつかずに流れる。


その中で、梅宮との会話の中に眠っていた、明奈しか解らないヒント。明奈は無意識に頭の中で復唱した。


“同情から主を裏切る事は出来ない。それが今の我が誇りだ。貴様が明人さんを誇りに思っている様にな!だから俺は主の言葉を疑う事無く信じ、従う!”


長い付き合いだからこそ、気付いた事。


―――明人さんを信じろ


直接の言葉は無かった。ただ、明奈にはそう聞こえてならなかった。


自らの結末さえも知りながらも、明奈の行き先にヒントを与える梅宮。


一方で、自身が梅宮を助けられないその事実に、明奈は瞳から流れる涙を止める事は出来なかった。
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