今宵、月の照らす街で
「イヤアアアアア!!!」


仮庁舎前。


葉月の断末魔の叫びは、地面を揺らし、敷石にヒビを走らせた。


全ての陰の柱が破壊され、葉月に纏っていた陰の波動が不安定に揺らぐ。


頭を抱え、膝をついた葉月を、多香子は眼を細めて見つめていた。


陰の鎧は、激しく脈打つように形を変え、葉月の身体を蝕む。


多香子は嵐紋菊一文字を構え、葉月との間合を詰めた。


葉月の叫び声は音の壁を作り、その壁には陰の瘴気が纏わり付いく。その壁を突き破りながら進む多香子は、葉月まであと一枚となった音の壁を切り裂いた。


改めて近くから見る、葉月の顔。その右目は正常に戻りかけていたものの、半分は黒に染まっていた。


明らかに陰に染まっていた証拠を見据えたまま、多香子は刀を振りかぶった。


「失せろ、陰魔」


多香子の刀は迷いなく葉月を捉えた。確実に葉月を斬ったと思われる刀には血の一滴も付いていなかった。寧ろ、葉月を捕らえた剣閃をなぞるように、身体から瘴気が滲み出ていた。


多香子はそのまま下がって、葉月と距離を取る。


「月那主宮廉明。聞こえる?」


『さすがだな…我が呪を祓うとは…』


葉月の口から、廉明の声が重なって聞こえる。


「覚悟なさい。三柱の一角を担う者として、貴方を叩き潰しに行ってあげるわ」


多香子が刀を大気中に納めながら、言い放つ。


『くくく…出来るのか?蓮舞天照院はやがて我が手に堕ちるぞ』


「させないわ」


『ふん…ほざいてろ』


葉月の身体から、風と共に邪念が去った。陰で覆われていた紅い空は、元の黒い空に戻り、月が静かに浮かんでいた。
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