【短】きみに溺れる
春から始めたひとり暮らしの、生活の匂いがなじんできた部屋。
けれど彼が足を踏み入れたとたん、そこは日常とは切り離された空間になった。
彼にソファを勧め、私はキッチンでコーヒーの用意をしていると、後ろから優しく抱きしめられた。
「そんなの、いいよ」
と、彼はマグカップを奪ってテーブルに置き、こわばる私の体をさらに強く抱きしめる。
あごを持ち上げられ、唇を奪われていると
キッチンの蛍光灯がまぶたを通して白い波のように揺らめいた。
私たちは、もつれあうように抱き合ったまま、ベッドに移動した。
ふたり分の体重を受け止めたスプリングが、鳴くようにきしんだ。
彼はまるで古いアルバムのページをめくるように、私の服を一枚ずつ、じっくりと脱がしていく。
暴かれていく感覚に、全身が鳥肌を立てた。
「電気を……」
消え入りそうな声でお願いすると、彼はスイッチを探して部屋を見回した。
……この人は電気のスイッチの場所すら知らないのだ、この人のいる場所は、本来ここじゃない
そのことを、はたと思い出し、胸が苦しくなった。
暗い部屋で、彼のシルエットが覆いかぶさってくる。
アルコールが残る彼の体は驚くほど熱く、私はいとも簡単に溶かされ、実体をなくす。