【短】きみに溺れる

……泣きたかった。

泣いて、叫んで、どうしようもない想いを彼にぶつけてしまいたかった。


だけど私にその権利はない。

さやかさんの存在を知っていながら、こうなることを望んだのは私自身なのだから。



そっと体を起こし、レンの顔を上からのぞきこんだ。

普段よりも幼く見えるその寝顔に、ぽたりと水滴が落ちた。


マスカラが溶けた、汚い灰色の涙。


レンに少しでも可愛いと思ってもらいたくて、最近始めたばかりのメイクが、急にみじめな行為に思えてくる。



ベッドを下り、洗面所の鏡で自分の姿を見ると、頬に何本も黒い筋ができていた。

蛇口をひねり、乱暴にメイクをこすり落とした。

涙は次々と流れ続けた。

ついでに鼻水も流れた。

全部たれ流しだ。

そう思うと可笑しくて、泣きながら弱々しく笑った。



タオルで拭き、顔を上げると

すでに服を着て私の後ろに立つレンが、鏡に映っていた。

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