another contract
目が覚めた時、彼は隣にいなかった。
不審に思って廊下に出ると、私の荷物を全て渡された。
そして言われるがまま、されるがままに旦那さんの部屋に通された。
「桃、紅と“契約”したのか?」
「‥“契約”?」
そんな事より今の私は、紅さんの言葉で胸がいっぱいだった。
『‥‥さよならだ』
「“契約”したものに、用は無い」
「‥‥ぇ?」
「桃、お前を今日限りで解雇する」
嬉しい筈なのに。
望んでいた筈なのに。
こんな、牢獄の様なところから解放されるから。
なのに、
‥なのに、苦しいのはどうして?
理想と現実は、大きくかけ離れていた。
理想は、嬉しいだけ。
でも現実では、苦しいだけ。
嬉しいと、苦しいじゃ全く感じるモノが違う。
バタンッと後ろでしまる門。
あぁ、“特別”な存在の人が“契約”というものをすると必要無いんだ。
じゃあ、紅さんにとっても必要の無い存在になったのかな‥‥。
ポタリ。
雨なんて降ってない。
今日は久しぶりに、空は青くて太陽がギラギラと輝いている。
でも‥‥
ポタリ。
降って来る、雫が。
涙という名の雫が。
矛盾しているよ、私。
“餌”になる事が、嫌なんじゃなかったの?
“吸血鬼”なんて、嫌いじゃなかったの?
自由になる事を望んでいたんじゃなかったの?
なのに、自由になったのに泣くなんておかしい。
笑って喜べないなんて、おかしい。
‥おかしいよ。
自由になったら、もう苦しい思いなんてしないと思っていた。
なのに、こんなに苦しいなんて‥‥
何故か溢れ出して来る涙。
脳裏に浮かぶのは、
『‥‥さよならだ』と言った彼の顔。
そんな、悲しそうに言わないで。
今にも世界が終わってしまいそうな顔で言わないで。
‥‥お願いだから。