達人
慌てて起き上がる俺に。

「ところで丹下君」

無造作でいて、全く隙のない背中を向けたまま、達人が言った。

「夜中の間に、私が君の枕元に何度立ったか知っていますか?」

「!?」

何度も何も。

立った事すら、俺は全く気づかなかった。

慄然とする。

達人の言いたい事はわかる。

つまり、達人がその気になれば…。

俺は夜中の間に何度殺されていたのだろう。

「常在戦場には程遠いですな」

そう言って達人は部屋を出て行く。

…そう。

あの人と同じ屋根の下にいる限り、一瞬たりとも油断は許されなかった。


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