達人
朝食をとる間も、顔を洗う間も、着替える間も。

達人の視線の先を気にする生活。

一瞬でも気を抜けば、いつの間にか達人が背後に立っているという事が幾度となくあった。

その度に言われる。

「丹下君、君は今また命を落としましたね」

…達人曰く、海外のとある狩猟民族にこんな諺があるらしい。

『見つけた蛇には咬まれない』

つまりどんなに猛毒を持つ蛇だろうと、人間が先に見つけてしまえば咬みつく事は容易ではないという事だ。

同じ事がこの場でも言える。

如何に城山老人が達人であろうとも、俺が警戒さえしておけば容易に襲えるものではない。

「私が強いのではない。君の油断に、私は付け込んでいるだけです」

恐ろしいのは敵ではなく、己の油断。

達人が言いたかったのはそういう事ではないだろうか。

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