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「“前世”で共に時を過ごした人が、私に言ったの」
『俺は今“金司”なんや。お前の好きな“志黄”やない』
その言葉を思い返すと、止まりかけていた涙がまた流れ出しそうになった。
「‥‥そっか。ねぇ、華ちゃん」
「はい」
「その人は‥、“今”の自分を好きになって欲しいんじゃないのかな?」
「桃、それどーゆー事?」
「“前世”の繋がりがあって、好きかどうかは知らないけど、その人の事を好きになったのかもしれない」
そう、“前世”の記憶がなかったら、こんなに早くにあの人の事を好きにはならなかった。
外で勢い良く落ちてきていた雫は、いつしか降る事を止めていた。
代わりに、雲の隙間から日が照る。
「でもね、華ちゃんがいるところも、金司さんがいるところも“現世”、今なんだよ」
だからきっと、“前世”の自分じゃなくて、
“現世”の自分を見て欲しいんだよ。
“現世”の自分を何よりも好きになって欲しいんだと思う。
桃さんは少し恥ずかしそうに言って、はにかんだ。
菫は隣で、目をキラキラさせて桃さんを見つめていた。
「すごぉい。桃は大人だぁ~‥」
「そ、そんな事無いよ。それに、金司さんがこんな風に思ってるかも分からないし‥」
桃さんが、軽く俯きながらそう言った時。
扉が開かれて、あの人が入ってきた。
「いや、俺の代わりに気持ちを言ってくれておおきにな、桃」
「き、金司さんっ!?」
行き成り現れたその人は、私を視線で捕えて離さなかった。
彼の後ろに、会長と桃さんの彼の姿が目に入る。
「悪ぃな。ちょっと桃借りてくぜ」
「わ、ちょっと~ッ!」
「金ちゃん、30分だけ貸し切りにしてあげるから‥、無駄にしないでよ」
「うわわ、アオちゃん!?」
2人の先輩はそう言うなり、菫と桃さんを連れ出して行った。
‥というより、攫って行った。
「‥華」
枯れそうになっていた涙が、彼の声を聞くとジワジワと溢れてきそうになった。
駄目、泣いちゃ駄目。
名前呼ばれただけなのに‥、泣く意味分からないわよ。
私はとっさに俯いて、膝の上に置いてある真っ白なタオルをぐっと握りしめた。