クライシス
雄介がそう言うと木下は頷いた。
「まあ、仕方がない。焦っても上手くいくもんじゃない」
 木下はそう言って笑った。
「所で聞いて下さいよ、捜査本部が俺を疑ってるんスよ」
「いやいや、それは全員やってば」
 井上が苦笑いする。
「市橋君はかい?」
 木下が尋ねる。
「いや違うんですよ、市橋君を疑う訳じゃないんです!ただ、イは整形してるから――」
「まあ、良い。所で市橋君、ちょっとお茶でも行かないかい?」
「あ、はい」
 木下の誘いに市橋が頷いた。井上は溜息をつくと立ち上がった。
「刑事ってのは因果な商売や」
「大変スね」
 雄介が笑う。
「ホンマやで、せやから頼むは紹介の話」
「まだ、言うか」
「頼むわあ、俺、『ハート』ってあだ名が付くほどのロマンチストやから」
「ハート?何でそんな変わったあだ名」
「井上、胃の上、胃の上は心臓。それでハート」
「ややこしい、てか、面倒くさいあだ名。ほんで胃の上は食道やからね」
「え?そうなん?」
「てか、何すか、ややこしいあだ名――」
 雄介が止まる。
「どないした?」
 井上の言葉に雄介はしばらく考えた後に、小さく「あ、消えた」と呟く。
「どうした市橋君」
「あ、いや、今なんか思い出しそうになったんですけど、何だっけかなあ」
 木下の言葉に雄介が頭を掻き毟った。
「ま、そう言う時は得てして大した事が無いことや。じゃあ、俺はこれで。……ほんま頼むで紹介!」
 井上は笑うと木下に会釈をして、立ち去った。その後ろ姿を見ながら雄介が呟く。
「大変っスね刑事の仕事も。木下さんも疑われたんスか?」
「ああ。なんか色々聞かれたよ、根掘り葉掘り」
「そうッスか」
 木下は歩き出した。雄介も後に続く。その時、またもや何かが頭によぎるが、上手くまとまらない。






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