群青の街
………すげーいいホテルだろうがなんだろうが、いいわきゃないでしょ!

ナミは触られるたびに襲う不快感に、もはや耐え切れそうもなかった。

「……お客様、そういうのはこのバーでは禁じられておりますから…。」

一応常連客であるし、気前も悪くない。だからやんわりと断ってはみるものの、どうにも男が諦めてくれそうな雰囲気はなかった。

「お客様なんてよそよそしいからやめようぜー。名前で呼んでよー。」

そう言ってさらにすり寄ってくる男に、ナミはとうとう痺れを切らした。腰回りに張り付いている男の手を静かにはらって、ナミはすっくと席から立ち上がった。男はいきなり立ち上がったナミを見て、イエスだと勘違いしたらしい。

「おっ、もう行く?じゃあ金を…」

「お客様。代金はいりませんから、今日はもうお帰りください。」

ナミは言葉を遮って、蔑むように男を見下すと、そう言い放った。

この男が持つ情報は、もう今までの接客で絞り出した。もはやコイツはあたしにとって用済み…。

「な…、どういうコトだよ!」

案の定男は、声を荒げた。いきなり態度の変わったナミが気に喰わないのだろう。

それを聞いて、ボーイがすっ飛んできた。

「お客様っ…、どうかなさいましたか。」

状況が分からず狼狽えているボーイに、ナミは目配せした。コイツを帰せ、という合図だ。ボーイはそれを見てすかさず、

「ナミさん、ご指名入ってます。」

といった。

ここのバーで働く者であれば、ナミに逆らえるものはいない。というか、ナミを守るのが、ボーイや下っ端のホステスたちの役割なのだ。

ナミは誰にも分からない程度にほくそ笑んだ。

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