太陽が見てるから
「ねえねえ、補欠。タッチっていう漫画知ってる?」

翠はおれの胸にうずくまりながら訊き、おれは鼻先で笑いながら答えた。

「あのねえ……野球馬鹿にする質問じゃねえよ。誰でも知ってる漫画だろ」

「えー! あたし、花菜ちんから聞いて、去年初めてタッチの存在知ったんですけど!」

「はあー? 遅っ。で、タッチがどうした?」

ややあって、翠が言った。

デイジーのような可憐な笑顔をして。

「タッチの双子の兄ちゃんが言った言葉だったんだってさ。プロポーズ」

ふと、顔を上げた翠の長い睫毛には冷たい海水が付着していて、きらきら底光りしている真珠のように見えた。

おれは翠の瞳に羽交い締めにあった。

体を動かしたくても、まるで金縛りにあったかのように動かなかった。

金縛りになんてあったことは未だ無いけど、きっと、こんな感じなんだと思った。

呆然として固まっているおれに、翠が言った。

「補欠はさ、あたしの事好きだろ。じゃあ、愛してる?」

「え、うん。あい……」

「ストストスト、ストーップ!」

そう言って、翠は細い手でおれの口を塞いだ。

ダークグリーン色のミステリアスな瞳が、おれを睨み付けた。

「約束しろ! 甲子園予選の決勝で勝つまで、愛してるって言わない約束しろ! 絶対」

「何で?」

おれが訊くと、翠は恥ずかしそうにフフンと笑って、頬を赤くしてあからさまにはにかんだ。

「優勝したら、真っ先にあたしに走って来て! 応援席の最前列に居てあげるから」

「はあ? まあ、優勝できたらな」

「ああん? だめだめ! 絶対優勝しろ!」

翠は海水まみれの両手で、おれの首をギリギリ絞めながら言った。

細い細い、でも、とてもやわらかい10本の指がおれの首に優しくまとわりつく。

「分かったか? 優勝しろ! ぶっ殺すぞ」

「分かりました! 分かりました! 苦しいからやめてよ」

「それで、あたしわざと嬉し泣きしてあげるから。補欠、言って? それまでは『愛してる』は禁句! 言ったらまじでぶっ飛ばす!」



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