涙は煌く虹の如く
「ハァッ、ハァッ…!」
丈也はここに美久がいるような感じがしていた。
根拠などない。
いや、根拠はあった。
美久はこの森がとても好きだったのだ。
もちろん14歳になっている美久がいつまでも子供時代の憧憬に縋りついているとは思えない。
しかし、”両親の離婚”、”いじめ”、”村杉の存在” といったマイナスの要素が渦巻いている家や学校から逃れられる場所は島の中ではそう多くない。
その根拠なき根拠に突き動かされて丈也は走り続けた。

「タッタッタッタッ…!」
草や木が取り除かれ綺麗に整備された森の入り口にようやく足を踏み入れた。
「カツカツカツッ…」
森に一歩足を踏み入れる丈也。
走り続けて疲れてしまったのだろう、立ち止まることはなかったがペースダウンして歩いていた。
「ハァハァハァハァ…」
「ドクッドクッ…」
しかし身体の方はすぐにはクールダウンしてはくれない。
丈也の息遣いは荒いままだったし、心臓が早鐘を打っていることに歩き始めてから気づいた。
「ハァ…クッ…」
頬を汗がつたう。
ハンカチを持ち合わせていない丈也はぞんざいに右手で汗を拭った。

「カツカツカツ…」
どれくらい歩いたのだろう…?
(場所間違えてねぇよな…?そうだよ、間違えるわけねぇよ!)
そんなことをボンヤリと思いながら歩を進める丈也。
実際には森に足を踏み入れてから7、8分というところだったのだが丈也にとっては数十分経っているような感じだった。
日が沈んできたような気がする。
無論それも森に入ったことから起こる錯覚であったのだが丈也がそのことを悟る術はなかった。
丈也は腕時計をリビングに忘れてきたことを軽く後悔していた。
(こんな小さな森でも、ほんの少しの自由を制限されても思う通りの行動ができないなんて…!)

ふと、周囲を見渡してみる。
砂利道ではあるが道はできているので迷う心配はなくその点では安心だったのだが、木々に視線を移すとどこまでも似たような広葉樹が林立していてそのことが丈也をひどく不安な気持ちにさせた。
景色の変化がないことがこれだけ人を脅かすとは。
「フゥー…!」 
全ての負の要素を打ち消すように大きく深呼吸をする丈也。
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